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中井久夫著『徴候・記憶・外傷』

徴候・記憶・外傷

書名: 徴候・記憶・外傷
著者: 中井久夫
出版者: みすず書房 , 2004.4   出版年: 2004年(初出2002年)
場所: 1階開架  請求記号: 493.7//2014

日本には、「中井久夫」という、精神科医がいます。
旧制甲南高校のご出身で、神戸大学医学部をご退官後、甲南大学大学院人文科学研究科でも教鞭をとっていただきました。阪神大震災直後から被災者の「こころのケア」に取り組まれ、平成25年度には文化功労者に選出されています。
つまり、この人が日本にいてよかったと思える人物の一人です。

本書は、1995年(阪神大震災)から2004年までに、中井先生が本学の臨床心理学専攻の学生・大学院生に向けた「心的外傷(PTSD)」や「記憶」についての講演や論文を集めたものです。
専門的な内容も含まれるので簡単ではありませんが、専門家外の人でも読むことができる本です。

まず、『「踏み越え」について』(p.304~328)を、読んでみていただけないでしょうか。
この論文は、甲南大学大学院人文科学研究科が行ったシンポジウムで発表され、同研究科の紀要『心の危機と臨床の知』4巻(2002.12)に掲載されたものです。
 http://doi.org/10.14990/00002486

論文中の「踏み越え」(transgression)とは、「広く思考や情動を実行に移すこと」です。
実行するために「壁を越える」ことが必要な行為のことで、例えば、大学入学やファーストキスといった個人の成長に係る事例から、薬物や暴力、殺人といった犯罪や、テロや戦争などの反社会的な事例まで、様々なケースがあります。
思い返してみると、人生を決定する「踏み越え」は、熟慮した後に実行に移すことより、その場の雰囲気や勢いで行動してしまったことが多いのではないでしょうか。

中井先生は、太平洋戦争開戦時のご自身の体験や、精神科医として携わった症例などを基に、「踏み越え」を容易にする条件を整理・分析されました。そして、「実行に移さないように衝動に耐えて踏みとどまる」ためには、「自己コントロール」が重要であると結論付けられています。
とはいえ、どうすれば自己をコントロールできるようになるのでしょう。引用が少し長くなりますが、中井先生はこう述べています。

” 私たちは、「自己コントロール」を容易にし、「自己コントロール」が自尊心を増進し、情緒的な満足感を満たし、周囲よりの好意的な眼差しを感じ、社会的評価の高まりを実感し、尊敬する人が「自己コントロール」の実践者であって、その人たちを含む多数派に自分が属することを確信し、また「自己コントロール」を失うことが利益を生まないことを実際に見聞きする必要がある。
 抑制している人が嘲笑され、少数派として迫害され、美学的にダサイと自分も感じられるような家庭的・仲間的・社会的環境は、「自己コントロール」を維持するために内的・外的緊張を生むもので、長期的には「自己コントロール」は苦行となり、虚無感が忍び寄って、破壊するであろう。戦争における残虐行為は、そういう時、呆れるほどやすやすと行われるのではないだろうか。
 もっとも、そういう場は、短期的には誰しも通過するものであって、その時には単なる「自己コントロール」では足りない。おそらく、それを包むゆとり、情緒的なゆるめ感、そして自分は独りではないという感覚、近くは信頼できる友情、広くは価値的なもの、個を越えた良性の権威へのつながりの感覚が必要であろう。これを可能にするものを、私たちは文化と呼ぶのであるまいか。”

この本には、他10数編が収録されています。
他にも、評論や翻訳などが多数ありますので、一度蔵書検索してみてください。

また、『甲南Today』No.45,2014には、中井久夫先生へのインタビューも掲載されています。
合わせてご参照ください。
http://www.konan-u.ac.jp/kouhou/pdf/today45.pdf

 

岡本綺堂著『半七捕物帳』

書名: 半七捕物帳 年代版 1~4
著者: 岡本綺堂
出版者: まどか出版  出版年: 2011.11 (初出:  1917年) 
場所: 2階中山文庫  請求記号: 913/O/1~4

今年2017年は、日本探偵小説の嚆矢『半七捕物帳』100周年です。

岡っ引きの親分「半七」が、江戸の町でおきる事件を解決する探偵小説です。派手な剣戟シーンがないので、あまり映像化はされていませんが、江戸の人情が伝わる名時代小説で、100年経っても人気が衰えることなく、現在でも新しい版が出版されています。

本学図書館にある版は、半七が活躍した化政期から幕末までの事件を年代順に並べた版です。『半七捕物帳』シリーズは全て短編なので、1冊に20編程が収録されていてお得だということもありますが、年代順、というところもポイントです。というのも、岡本綺堂の作品は、時代劇関係者が使うほど時代考証に定評があり、通して読むと江戸時代を体感できるのです。

地理や小道具はもちろんですが、特に、登場人物たちが使う言葉を楽しんでください。江戸時代、つまり明治時代に標準語が定められる前は、地域だけでなく、身分、職業、上下関係、男女、年齢などによって、多様な日本語が存在していました。加えて、自由に言葉を着せ替えできる粋な人、方言丸出しの野暮な正直者など、登場人物の個性によっても言葉が変わります。
例えば、(半七は粋で知的なキャラなので、めったに使いませんが、)有名な「てやんでぃ!」は、下町の町人が目下の人物に対してしか使いません。また、半七が目上の武士から事件を任される際には、特別なお役を引き受けるという自負を込めて「ようがす(よろしいです、承知しましたというような意味)」というような独特の敬語を使います。
岡本綺堂は、物語全体を現代の我々でも分かりやすい言葉でまとめながらも、会話ひとつで登場人物の人柄をイメージできるように仕掛け、短い物語を奥深く仕上げています。

小説を楽しみながら、歴史文化も楽しめるシリーズです。

 

中谷宇吉郎著『雪』

書名: 雪 (岩波新書 赤版8)
著者: 中谷宇吉郎
出版者: 岩波書店  出版年: 1947年(初出1938年)
場所: 3階書庫  請求記号: 081.6/8B/10

先週末は全国的に大雪で、神戸でも雪が積もりました。
楽しんだ人、迷惑した人、色々だったと思います。
空から届く美しいものに感動して手を伸ばし、掌で受けたとたんに溶けてしまうのを惜しんだ人もおられるのではないでしょうか。

中谷博士は、雪の研究者で、昭和11年に世界で初めて水の結晶=人工雪の制作に成功した科学者です。
同時に、代表作である『雪』をはじめ、多くの科学を分かりやすく伝える本を書かれた名随筆家でもあります。

科学的には、「雪」は、水が氷の「結晶」となったものだそうです。
氷は固体であって、結晶ではありません。
また、積もっている雪も、地に着いた時に溶けて再度凍った氷で、結晶ではありません。

空中にある雪や霜といったあの小さなトゲのある、キラキラしたものが、水の結晶です。

つまり、単に水を冷やすだけでは、水は雪にはなってはくれません。
中谷博士は、極寒の北海道で幾種類もの雪のサンプルを観察し、手作りの機材を使って、根気よく実験を繰り返しました。
読んでいるだけで震えそうなほど寒いのですが、とても楽しそうです。

名台詞、「雪は天から送られた手紙である」は、この本の一説です。
みなさんも、雪に記された空の記録を、少し読めるようになってみませんか?
次に雪を掌に乗せた時には、小さな空の声が聞こえるようになっていると思いますよ。

図書館にも所蔵していますが、青空文庫でも読むことができます。
http://www.aozora.gr.jp/cards/001569/files/52468_49669.html

星野道夫著『旅をする木(星野道夫著作集3)』

書名: 旅をする木(星野道夫著作集3)
著者: 星野道夫
出版者: 新潮社  出版年: 2003年
場所: 1階開架一般  請求記号: 295.394/3/2001

「アジール」という言葉をご存知でしょうか?
ギリシア語で「害されない」「神聖不可侵」といった意味をもつ「asylos」から派生したドイツ語です。
歴史学でよく使われるのですが、近代以前の社会で、社寺や教会のように、社会的な暴力から避難できる聖域を指す言葉です。

法律が整備された現代では、こうした「アジール」は消えてしまいました。
ですが、誰しも一度は社会の圧力から逃げ出したい、と思ったことがあるのではないでしょうか?
現実に逃げ出すことはできなくても、本を使って自由な世界へ旅をすることはできます。

と、こう書くと、「本は全部そうでしょ」と突っ込まれるところですよね。
ですから、今回は、本当に現代における「アジール」へ旅ができる本、星野道夫著『旅をする木』をおすすめします。

星野道夫の肩書は写真家ですが、優れたエッセイストでもあります。

満点の星空、怖ろしいほど美しいオーロラ、沈まない太陽、此方から彼方へ移動するカリブーの大群。
圧倒的に広大な自然と共生し、古い生活を続ける人々と触れ合いながら生きる日々。
星野氏の純真な言葉は、現実に存在する異世界を実感させてくれます。

大勢の人が押しこめられた都会の日常から、遥か遠くへと旅をしたくなったら、頁を開いてみてください。

『旅をする木』は文春文庫から発売されていますが、図書館では文庫版は所蔵していません。
『星野道夫著作集3』に収録されていますので、そちらをご利用ください。

松田美佐著『うわさとは何か』

書名: うわさとは何か : ネットで変容する「最も古いメディア」(中公新書2263)
著者: 松田美佐
出版者: 中央公論新社  出版年: 2014年
場所: 1階開架小型  請求記号: S081.6/2263/29

「うわさ」には信憑性がない、と分かっていても、「そういうこともあるかもしれない」と思っていませんか?
ニュースよりも、ネット上の誰かの発言の方を真実だと思うことはありませんか?

うわさが真実であることもあるかもしれません(ただし、検証するのは非常に困難です)。
それに、「ガソリンが不足する」といううわさによって、大勢の人が、「大丈夫だと思うけれど、入手しておこう」と判断した結果、本当にガソリンが不足してしまう、というように、「うわさ」が自己成就してしまうことも度々あります。

もっと身近な事例ではどうでしょうか。
「Aさんが辞めたのはあなたのイジメが原因だって、うわさになってるよ」(本書冒頭より)
まったく身に覚えがなくても、ドキッとします。

人の「うわさ」にはついつい耳を傾けてしまうけれど、特に自分に関する「うわさ」は強いストレスになります。そんな非常事態にそなえて、そもそも「うわさ」というものがどういうものか、学んでおきませんか?

この本では、デマ、流言、ゴシップ、口コミ、風評、都市伝説など、様々な「うわさ」について調査し、社会や人間関係にどのような影響をもたらしているのかが説明されています。社会学・社会心理学の本ですが、社会学を専攻していなくても、分かりやすく読みやすい1冊です。

「うわさ」に負けない人生のために、ご一読ください。

マルクス・シドニウス・ファルクス(ジェリー・トナー)著『奴隷のしつけ方』

書名: 奴隷のしつけ方
著者: マルクス・シドニウス・ファルクス(ジェリー・トナー)
出版者: 太田出版  出版年: 2015年
場所: 2階中山文庫  請求記号: 232//F

イギリス・ケンブリッジ大学の古典学研究者ジェリー・トナーが、様々な古典にから奴隷に関するエピソードを引用しながら、古代ローマ貴族「マルクス・シドニウス・ファルクス」になりきって書いた「奴隷」の取り扱い説明書です。

奴隷というと、足かせをされ、鞭打たれながら厳しい労働をするというイメージですが、意外にも古代ローマ人は、奴隷にも人間性があることを認め、奴隷に対して過酷な扱いをすると法律に基づいて主人が罰せられることもありました。

主人は、奴隷たち一人ひとりをよく観察し、それぞれの適正に合った仕事を与えなくてはなりません。また、必要な食事や休憩、娯楽を与えないと生産性が落ちるため、福利厚生にも配慮しなくてはなりませんでした。
古代ローマの「主人」とは、家族や従業員、奴隷を含めた”ファミリア”という大きな組織を経営するリーダーでした。ローマという巨大帝国は、大小無数の”ファミリア”がそれぞれの事業を行うことで成り立っていたのです。

この本をお勧めする理由は、もちろん、労働者を奴隷のようにマネジメントする方法を学んでほしいからではありません。
何に囚われたら奴隷となってしまうのか、奴隷制度のどこに致命的な欠陥があるかを考えることができるからです。

実際、過去から学ぶことは、未来を創る上でとても役に立ちます。
マルクス・シドニウス・ファルクスもこんなことを言っています。
「あなたがどの時代のどこの人であろうとも、たとえその世界がローマとは異なる原則で成り立っていようとも、ローマから学ぶべきものなどないと決めつけてはいけない。ローマには多くの知恵が眠っている。そのなかには、あなたにとっても、目を閉じるより開けてよく見たほうが得になるものがたくさんあるはずだ。だから、読まれよ。そして学ばれよ。」(本文p020より)