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太宰治著 『走れメロス』

 

 

知能情報学部 3年生 Nさんからのおすすめ本です。(KONAN ライブラリ サーティフィケイト)

書名 : 走れメロス
著者 : 太宰治著

出版社:新潮社
出版年:1940

『走れメロス』は、友情と信頼を主題としながら、人間の弱さと強さを鋭く描いた太宰治の代表作である。暴君ディオニスに死刑を宣告されたメロスが、妹の結婚式を理由に三日の猶予を得る代わりに、親友セリヌンティウスを人質として差し出すという物語は、極限状況における人間の選択と心理を鮮明に浮かび上がらせている。

本作で特に注目すべき点は、メロスが決して理想的な英雄として描かれていないことである。彼は道中で疲労し、諦めや自己正当化に心を支配され、信頼を裏切る可能性を何度も意識する。その姿は、人間が極限に置かれたときに見せる弱さを率直に表している。しかし最終的にメロスは走ることをやめない。疑念を抱えながらも前へ進む姿は、信頼に応えようとする意志の強さを象徴している。

一方で、セリヌンティウスの存在は物語の精神的支柱となっている。彼は一切の疑念を口にせず、沈黙のまま処刑台に立つ。その姿は、信頼とは相手を監視したり証明を求めたりするものではなく、相手に委ねる覚悟であることを示している。セリヌンティウスの無言の信頼こそが、メロスを再び立ち上がらせる最大の力となったのである。

さらに注目すべきは、王ディオニスの変化である。人を信じることで裏切られてきた彼は、他者を信用できず孤独に支配者として生きてきた。しかし二人の友情を目の当たりにし、その価値を認めることで改心する。この結末は、人は信頼によって変わり得る存在であるという希望を示している。

『走れメロス』は、友情の美しさを描いた作品であると同時に、信頼することの危うさと尊さを問いかける作品である。現代社会においても、人間関係の本質を考える上で強い意味を持つ、普遍性の高い文学作品だと言える。

瀬尾まいこ著 『そして、バトンは渡された』

 

 

知能情報学部 3年生 Nさんからのおすすめ本です。(KONAN ライブラリ サーティフィケイト)

書名 : そして、バトンは渡された
著者 : 瀬尾まいこ著

出版社:文藝春秋
出版年:2018

『そして、バトンは渡された』は、「家族とは何か」という普遍的な問いを、血縁という枠組みを超えて描いた小説である。主人公の森宮優子は、幼くして実母を亡くし、その後も父や義理の親との別れと出会いを繰り返しながら成長していく。一見すると不安定で不幸な家庭環境に思えるが、物語を通して浮かび上がるのは、常に誰かが優子を思い、次の人へと彼女を託してきたという事実である。この「バトン」という比喩が、本作の中心的なテーマとなっている。

本作の大きな特徴は、登場する親たちが決して理想化されていない点にある。経済的に余裕がなく、生活に苦労する場面や、不器用で感情をうまく表現できない姿も描かれる。しかし、それでも彼らは優子の幸せを第一に考え、自分なりの方法で愛情を注いでいる。完璧ではないからこそ、その行動一つ一つに現実味があり、読者は登場人物を身近な存在として感じることができる。血のつながりではなく、日々の選択と責任ある行動こそが「親であること」を成立させているのだと強く感じさせられる。

また、主人公である優子の価値観も印象的である。彼女は自身の生い立ちを不幸として語らず、むしろ多くの人から受け取ってきた善意や思いやりを自然に受け止めている。その姿勢は、環境そのものよりも、それをどう捉えるかが人生を大きく左右することを示している。人は欠けているものに目を向けがちだが、本作は「すでに受け取っているもの」に気づくことの大切さを静かに教えてくれる。

現代社会では、核家族化や多様な家庭形態の広がりにより、「家族の正解」が見えにくくなっている。本作はその中で、家族とは制度や血縁ではなく、思いを受け渡す関係性そのものだと提示している。温かさと現実性を併せ持つこの作品は、家族観を再考する上で大きな示唆を与える一冊である。

村上春樹著 『ノルウェイの森』

 

 

知能情報学部 4年生 本田 昇太郎さんからのおすすめ本です。(KONAN ライブラリ サーティフィケイト)

書名 : ノルウェイの森
著者 : 村上春樹著

出版社:講談社
出版年:1987

しばしば青春小説や恋愛小説として語られるが、読み進めるほどにそれらの枠には収まらない作品だと感じる。物語の中心にあるのは恋愛の成就でも成長の達成でもなく、「人は喪失とともにどのように生き続けてしまうのか」という、答えの出ない問いである。

物語は、ワタナベがキズキの死を回想するところから始まる。この死は、理由も説明も与えられないまま物語に置かれている。だがそれは不親切というより、現実に即した描き方だ。実際の喪失もまた、納得できる理由や意味を伴わないことがほとんどで、人は理解できないまま時間の流れに取り残される。ワタナベの淡々とした語り口は冷たさではなく、感情をどう扱えばいいのか分からない人間の誠実さを感じさせる。

直子は、その喪失を誰よりも深く抱え込んだ存在として描かれる。彼女の壊れやすさは痛々しいが、決して怠惰や弱さとして裁かれてはいない。むしろ、心が壊れてしまうことも人間の一つの現実なのだという、突き放しでも美化でもない視線がある。直子の選択は悲劇的だが、そこには「正しく生きられなかった人」への断罪はない。

一方で緑は、現実的で生命力にあふれた人物として登場する。彼女の明るさや率直さは物語に風通しの良さを与えるが、それは無条件の強さではない。彼女もまた孤独を抱え、必死に生にしがみついている存在だ。直子と緑は単なる対照ではなく、どちらも「生き方の可能性」であり、優劣をつけられるものではない。

ワタナベ自身は優しく、誠実であろうとするが、誰かを救えるほど強い人間ではない。その曖昧さや中途半端さは批判されがちだが、他者の人生を完全に引き受けられないという点で、極めて現実的な存在だと思う。彼は選び続けるが、選んだ結果に確信を持つことはできない。その姿は、読者自身の姿とも重なって見える。

『ノルウェイの森』は、喪失を乗り越える物語ではない。喪失を抱えたまま、それでも生きてしまう人間の姿を描いた物語だ。だからこそ読む年齢や状況によって受け取る印象が変わり、人生の節目ごとに思い出される。読み終えたあとに残るのは救いではなく、静かな余韻と、言葉にできない感情の重さである。その不完全さこそが、この作品が長く読み継がれてきた理由なのだと思う。

アンデシュ・ハンセン著 『スマホ脳』

 

 

知能情報学部 4年生 Nさんからのおすすめ本です。(KONAN ライブラリ サーティフィケイト)

書名 : スマホ脳
著者 : アンデシュ・ハンセン著 ; 久山葉子訳

出版社:新潮社
出版年:2020

現代の大学生にとって、スマートフォンは生活の一部であり、もはや、持たない選択肢を考えることは難しい。授業の連絡、調べもの、友人とのやり取り、娯楽まで、私たちの日常は常にスマートフォンと結びついている。しかし、その便利さの裏側について、私たちはどこまで意識しているだろうか。

本書『スマホ脳』は、こうした日常に潜む問題を、脳科学の視点から分かりやすく解説した一冊。著者は、スマートフォンが人間の脳に与える影響について、集中力の低下やストレスの増加といった具体的な例を挙げながら説明していく。特に印象的だったのは、私たちの脳が本来、目の前の刺激に強く反応する仕組みを持っており、通知やSNSといった小さな刺激が、知らないうちに注意力を奪っているという指摘である。これは、多くの人が、なんとなく感じていた違和感を、科学的に言語化してくれているように感じた。

この本の魅力は、スマートフォンを一方的に否定するのではなく、人間の脳の性質を理解することの重要性を示している点にある。つまり、問題はスマートフォンそのものではなく、それを使う私たちの脳がどのような特徴を持っているかを知らないことにある、という視点である。この考え方は、日常生活を見直すきっかけとして非常に納得感がある。 読み終えた後、私はスマートフォンを完全に遠ざけようとは思わなかったが、使い方を少し意識するようになった。自分の集中力や思考が、どのように影響を受けているのかを知るだけでも、日常は変わり得る。

本書は、スマートフォンと共に生きる現代人にとって、自分自身の生活を見直すヒントを与えてくれる一冊である。 またこの本は、専門的な内容を扱いながらも、具体例を交えて説明されており、脳科学に馴染みのない読者でも読み易いと思う。スマートフォンとの付き合い方に正解はないが、自分がどのような影響を受けているのか、を一度立ち止まって考えることには大きな価値があると思う。本書は、そのきっかけを与えてくれるという意味で、学生を含む幅広い世代に勧められる一冊である。

吉野源三郎著 『君たちはどう生きるか』

 

 

知能情報学部 4年生 Nさんからのおすすめ本です。(KONAN ライブラリ サーティフィケイト)

書名 : 君たちはどう生きるか
著者 : 吉野源三郎

出版社:岩波書店
出版年:1982

はじめにこの本の印象は、ほとんどの人が経験した中学生時代を題材として描いており、どの年齢層の方が読んでもイメージしやすい作品だと感じました。主人公の名は、地動説を唱えたコペルニクスからつけられていて、様々な視点からものを見ようとする特徴からコペル君と呼ばれています。中学生の主人公であるコペル君が様々な人間関係や身の回りの問題に直面します。その問題を解決していく姿を読者自身が重ね合わせやすいように書かれています。

この本で取り上げられている主題はものの見方だと考察します。いじめによる人間関係、偉人から見る生き方など様々なシチュエーションを描いています。筆者は人によって見え方が変わり、持つ印象が変わることを強く示しているように感じました。

この本はテーマが分かりやすく読者に伝える工夫がたくさんあり大変読み易いです。主人公の名前をコペル君にすることや、どの話の章でもテーマを読者が見落とさない様に工夫されている点が個人的なおすすめポイントです。

章ごとに本の中でノートが登場し、テーマとそれについての解説がノートに書かれています。この為、自分の中で毎回振り返りができるため読み返す手間が少なくかつスムーズに次の話に移れます。このような設計は僕の経験上はじめてだった為とても感動しました。この本自体が学校の教科書のようにまとめられ、誰にでも分かりやすい設計なので、本が苦手な方にもお勧めできます。20歳を超えて読むことで、学生時代の思い出を振り返る良いきっかけにもなると思います。本の中で直面する問題の中には、今考えても、すぐに正しいことだと判断できない物もありとても考えさせられる作品です。

社会には様々な人間がいて、その人それぞれの見え方をもっています。この当たり前のようで意外と忘れがちな視点を常に持ち続ける難しさ・必要性を1番実感できる作品なので学生にはぜひ読んで欲しい作品です。個人的には40歳50歳になったとき、読み返してみるとまた違った感想が生まれる作品のような気がしているので購入するのも悪くないかと思います。

新海誠著 『天気の子』

 

 

知能情報学部 4年生 Iさんからのおすすめ本です。(KONAN ライブラリ サーティフィケイト)

書名 : 小説天気の子
著者 : 新海誠著
出版社:KADOKAWA
出版年:2019

新海誠による小説『天気の子』は、異常気象が続く東京を舞台に、少年少女の選択と責任を描いた作品です。物語は、家出同然で東京へ向かった高校生・帆高が、天候を晴れに変える力を持つ少女・陽菜と出会うことから始まります。二人はその力を利用して「晴れ女」の仕事を始め、束の間の幸福な日々を過ごしますが、やがてその力の代償と向き合うことになります。

小説版の特徴は、帆高の視点を通して描かれる内面の独白にあります。都会での孤独や不安、自分の居場所を必死に探す姿が率直な言葉で表現されており、読者は帆高の感情に強く共感させられます。また、陽菜の明るさの裏に隠された覚悟や不安も丁寧に描かれており、単なるファンタジーではなく、現実に生きる若者の物語としての重みを感じます。

本作が印象的なのは、「世界」と「大切な人」のどちらを選ぶのかという、極めて重い問いを真正面から投げかけている点です。物語後半で帆高が下す選択は、決して正解とは言い切れないものであり、読者によって評価が分かれる部分でもあります。しかし、その選択こそが、本作を単なる感動物語では終わらせず、読む者に深い思考を促す要因となっています。

また、『天気の子』では、自然現象が人間の都合によって左右されることへの違和感や、人間の小ささも強く描かれています。天気という抗えない存在を前にしながら、それでも誰かを守ろうとする姿は、未熟でありながらも切実で、胸に迫るものがあります。

『天気の子』は、成長や恋愛を描いた青春小説であると同時に、「選択の責任」を問う物語です。読み終えた後、自分なら何を選ぶのかを考えずにはいられない、強い余韻を残す一冊だと感じました。