☆新入生向けの図書案内
新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。これからの新生活に心踊らせていることと思います。その中に読書の習慣をちょっとだけ入れて欲しいと思います。読書にはルールはありません。読書はまずは楽しみであり、同時に知識を得るための一つの方法です。読みたい本を読みたいだけ読んでください。みなさんの選書の助けとなるかどうかわかりませんが、私が最近気に入った本を紹介しておきます。
原発事故と科学的方法(岩波科学ライブラリー)牧野淳一郎著
この本は福島原発事故に関する対応・報道の問題を明らかにするというものです。ただ私はむしろ原発事故を題材として、理論天文学者である著者が「科学的に思考するということはどういうことか」を述べたものであると思います。手元にあるアクセス可能な情報から論理的にどのように必要な結論を導き出すのか、すなわち所謂フェルミ推定のやり方に関するお手本のような本です。このような科学的推論の方法論は理工系の学部上級生・大学院では頻繁に使われるものです。また実社会においても間違いなく武器となる能力でしょう。たとえば「神戸に理髪店は何軒あるか」とか「高校無償化には国家予算はいくらいるのか」とか「大震災の時には自分はいくらほど寄付するべきなのか」など言う問いにみなさんはどう答えるでしょうか。「Google で検索する」のでしょうか?もしWebの情報が間違っていたらどうにもなりません。キーとなる確かな情報が得られれば概算でこのような数は計算できます。その方法論の醍醐味を味わいつつ、検索するのではなく、自分で思考し物事を理解するということを学べる良書だと思います。
天切り松闇がたりシリーズ(1~5巻、集英社文庫) 浅田次郎著
うって変わってこちらは私の大好きな小説です。明治から昭和初期にかけて「目細の安吉」盗人一家の活躍を描いたものです。私は一度読んだ小説はあまり繰り返して読まない派なのですが、このシリーズだけは何度も読みます。戦前の東京の美しい習俗とそこにいた人々の「心意気」に涙すること請け合いです。昨今の日本で失われてしまった「何とも表現しようのない何か」がそこにあります。是非ご一読ください。
以上選書の助けとなるかどうかわかりませんが、とにかく自分の興味の赴くままに読書を習慣として生活の中に取り入れてもらいたいと思います。実り多き4 年間を!
甲南大学図書館報 藤棚(Vol.32 2015) より
「2.おすすめの本」カテゴリーアーカイブ
吉村(八亀)裕美先生(文学部)「すてきな出会いを」」–藤棚vol.32より
☆新入生向けの図書案内
通販は便利だ。重たいものを持って帰らなくても、自宅まで届けてくれる。さらにありがたいことに、購入商品の履歴から、私が興味を持ちそうなものを類推して、「こんなものもありますよ」と、勧めてもくれる。おかげで、新製品情報も漏らさずゲットできるし、すでに購入した電化製品の消耗品も探すことなくすぐに購入できる。
本も、通販で買うことが多くなった。某通販大手では、私の著作をわざわざ取り上げて「この本があなたにお勧め」と、著者本人に推薦してくることがある。笑ってしまうが、考えようによっては、きちんと私の読書傾向を分析できている、ということの証明にもなるだろう。
最近では、ネット上での「おともだち」探しでも、同様のお勧めがあるらしい。入力したプロフィールを基に、同じような趣味の人の「紹介」が来たり、「おともだち申請」が届いたりするという。
便利なのだが、これでは何だか、人との出会いも、本との出会いも、データ分析から導き出されるよくあるパターンに押し込められてしまうような気がする。
出会いというのは、未知との遭遇であり、ドキドキ感を伴うものだったはずだ。それまでの人脈では出会うはずのない人との出会いは、戸惑いもあるが、新しい価値観へのブレークスルーになる。本との出会いも同じである。書店で、そして図書館で、ある本を探して書架まで行く。そんな時に、お目当ての本の一段上や、隣の書架に、キラッと光るタイトルの本を見つけることも少なくない。「あ、こんな本があったんだ」と、手に取るときのドキドキ感は何ものにも代え難い。
一つの出会いが人生を大きく変えることもある。そんな出会いを大学四年間の中で見つけてほしい。パターン化された出会いの枠を超え、広い範囲で人とも本ともつきあっていってほしい。すてきな出会いがあなたにありますように。
甲南大学図書館報 藤棚(Vol.32 2015) より
サイモン・シン『フェルマーの最終定理』
今年2015年は「フェルマーの最終定理」が証明されてから20年になる記念の年です。
それが何?と思った方、むしろ大多数の方がそう思われたでしょうが、この難問を証明することは人類の悲願だったのです。
サイモン・シン著,青木薫訳
『フェルマーの最終定理:ピュタゴラスに始まり、ワイルズが証明するまで』
412.2/Si8 図書館1階開架一般
「ピュタゴラスの定理」を覚えているでしょうか?
直角三角形の斜辺の長さをz,他の辺をx,yとした場合、「xの2乗+yの2乗=zの2乗」となる数学の定理です。
数学は「完全」を具現できる唯一の学問です。
他のあらゆる分野の学問は、仮説を裏付ける実験によって証拠を積み重ね、「科学理論」とすることはできますが、数学と同じレベルでの「証明」はできません。
たとえば、生物学。iPS細胞で作成した網膜組織の移植を世界で初めて成功させた理化学研究所の高橋先生も、「10人の研究者が培養にチャレンジしても3人くらいしかきれいに作れません」と話されています。(朝日新聞 2015.1.5朝刊)
「科学理論」では、「手に入るかぎりの証拠にもとづいて、「この理論が正しい可能性はきわめて高い」(本文48p)」と言うことしかできません。重ねて言えば、正しくない可能性のほうが高いことも多いのです。
それに比べ、数学で「=(イコール)」が使用される場合、その右側と左側は、完全に、絶対に、100%、一致すると断言できます。
これで、数学だけが「真」を語ることができる、ということをまずご理解いただけたでしょうか?
これを踏まえて、「ピュタゴラスの定理」に話を戻しましょう。
ピュタゴラスは紀元前500年前後の数学者です。「ピュタゴラスの定理」はもっと古い時代から知られていたそうですが、ピュタゴラスによって正しいと証明されて以降、「ピュタゴラスの定理」と呼ばれるようになりました。
測量や建築にとても便利な定理なので、人類史上最も活用されてきた定理の一つです。
そして、約2千年後、フランスの天才数学者ピエール・ド・フェルマーが、「ピュタゴラスの定理」が説明された本の余白に、いわゆる「フェルマーの最終定理」を書き遺しました。
「xのn乗+yのn乗=zのn乗
この方程式はnが2より大きい場合には整数解をもたない。
この定理に関して、私は真に驚くべき証明を見つけたが、この余白はそれを書くには狭すぎる。」
以後358年間、だれもにもできなかった「フェルマーの最終定理」の証明を、1995年にイギリス人のアンドリュー・ワイルズが「谷山・志村予想」を証明することで成し遂げたのです。
・一見簡単そうに見える証明がなぜ解けなかったのか?
・フェルマーは、なぜこんな意地悪をしたのか?
・「谷山・志村予想」とは?
・そもそも数学の研究は人類の役にたっているのか?
数学が好きな方も、さっぱりわからない方でも、興味深々で読める1冊です。
むしろ、数学の分からない方が、数学の世界を垣間見れる本かもしれません。
(補足)
「フェルマーの最終定理」を証明したワイルズの論文は以下の雑誌に掲載されました。
著者:Andrew Wiles
論題:Modular Elliptic Curves and Fermat’s Last Theorem”
掲載雑誌名:Annals of Mathematics
掲載巻号:Vol. 141, No. 3 (May, 1995), pp. 443-551
経済学部が電子ジャーナルを購入しているので、甲南大生の方は、この論文をインターネットでも入手できます。チャレンジしたい方は、以下の手順でアクセスしてください。
1.学内ネットワークにつながっているパソコンを使う
2.『甲南大学図書館ホームページ』にアクセス
3.「電子ジャーナルリスト」を押す
4.『Annals of mathematics』を検索
5.「JSTOR Mathematics and Statisticsでフルテキストをみる」をクリック
6.「1995(Second Series Vol. 141) 」の「No.3」をクリック
アクセス方法が分からない時は、図書館2階ヘルプデスクにおたずねください。
(Konno)
アヴィ・スタインバーグ『刑務所図書館の人びと』
アヴィ・スタインバーグ著 金原瑞人・野沢佳織訳
『刑務所図書館の人びと ハーバードを出て司書になった男の日記』
2階中山文庫 936/ST
「昼間労働に明け暮れる囚人たち全員に、毎夕最低1時間、本が読める明かりを提供するべきである」
19世紀の監獄の内規にこうあるそうです。(本文p291より)
受刑者たちに本を読ませることは、更生と社会復帰を目指す刑務所の目的に適っている。
でも、彼らが本を読むでしょうか?
(大学生でも読んでくれないのに・・・。)
たとえ本を読んだとしても、刑務所図書館で自分を変える努力をし、傑物と呼ばれる人物となる可能性は低いです。
この本では0.01パーセントの確率と書かれていましたが、実際にはもっと低いでしょう。
ハーバード大を卒業したけれど、上手に人生を送ることができず、たまたま募集のあった刑務所図書館に就職した「アヴィ」。この本は、アヴィがその体験を書いたノンフィクションです。
少し分厚く見えますが、名翻訳家・金原瑞人氏の訳で、とても読みやすいです。
ハードな人生を送る受刑者たちと、神経質な刑務官たちとの人間関係は、感受性の強いアヴィには強すぎて、苦悩の日々が続きます。
しかし、その日々を彼が書き留め伝えることで、忘れられるはずだった数人の人生が、本として残されました。
大学図書館で自分を変える本と出会い、不断の努力をした結果、社会にとって欠かせない人物となる可能性だって、そんなに高いものではないかもしれません。
図書館で働く人間として、確率が低くてもその可能性に賭けてみたい、という気持ちがないわけではありませんが、むしろ、傑物にならなくてもいいから、豊かな人生を送ってほしい、と私は思っています。
読んだ人たちが、もしかしたら自分の人生を大切に生きてくれるかもしれない、そんな可能性のあるこの本をご紹介できることは幸運だと思いました。
(konno)
『古記録による16世紀の天候記録』
水越允治編『古記録による16世紀の天候記録』東京堂出版, 2004.4
図書館 4階書庫大型(和) 451.916//2006
公文書や貴族が書いた日記などに記録されていた、天気に関する情報を抜き出して一覧表にまとめた本です。
中世のお天気(主に近畿地方)を、日付から調べることができます。
11世紀から16世紀まで、計6冊あります。
16世紀といえば、戦国時代。
たとえば「本能寺の変」が起きた天正10年(1582年)6月2日を調べてみると、『言経卿記』に「晴陰」とiいう記載があるとわかります。
続く15日頃まで梅雨らしい雨の日が多かったようです。ということは、秀吉軍はだいぶ足元の悪い道を京都まで戻ったのではないでしょうか・・・。
(ちょうど大河ドラマが、今「本能寺の変」ですね。ドラマ中では、お天気はどうでしょう。)
ちなみに「晴陰」がどんな天気かを調べるには、インターネットで調べてもいいのですが、辞書データベースを使うと面白いです。
甲南大学図書館ホームページ>情報検索データベース>百科事典・辞書から『JapanKnowledge』が利用できます。
学内のPCルームや図書館のパソコンなどからしか利用できないのですが、百科事典や専門事典、言語事典などを一度に検索できる便利なデータベースです。(詳しい接続方法は、甲南大学図書館ホームページを見て下さい。)
検索窓の左側プルダウンメニューを「全文」に切り替えると、本文も検索対象になるので、「晴陰」という言葉がどのように使われているか、ということも調べることができます。
図書館には、「読む」だけではなく、「調べる」ための本やデータベースもあります。
想像以上にいろいろな事を調べることができますよ。
使い方や調べ方がわからないときは、2階の『ヘルプデスク』におたずねください!
(konno)
杉本鉞子著『武士の娘』
杉本鉞子著『武士の娘』(筑摩叢書97)
1階一般開架 081.6/97/21
明治6年、越後長岡藩の家老の家系に生まれた「エツ」こと杉本 鉞子(すぎもと えつこ)が自身の半生を書いた自伝です。
初版は1925年にアメリカで『A Daughter of the Samurai』というタイトルで出版されました。
越後長岡藩は、戊辰戦争では幕府側で戦った藩です。
没落した家でのつつましい生活でしたが、「エツ」は母や祖母からは伝来の作法通りに、武士の娘としての教育を受けて育ちます。
父が亡くなって、アメリカから帰国した兄が家を継いだ後、エツは14歳で在米の日本人と婚約。
渡米に備えて越後から東京に出て女学校で英語を学び、25歳でアメリカへ。
・・・と、ここまでにして、『武士の娘』には書かれなかった後日談を少し。
シングルマザーになった「エツ」はニューヨークに移り住み、二人の娘を育てるために、文筆家として生計をたてることを目指します。
友人の助けを得ながら、苦心して生み出されたのが『武士の娘』でした。
『武士の娘』はベストセラーになり、杉本鉞子は日本人初のコロンビア大学講師となります。
経済的にも文化的にも変化していく時代を、「矜持」をもって生き抜いた一人の女性は、「世界に通用する淑女」ではないでしょうか。
古い本ですがとても読みやすいです。
古き、良き、美しい日本語で書かれた文章もぜひ味わってください。
(Konno)
