真崎克彦先生(マネジメント創造学部)「読書のすすめ」

☆新入生向けの図書案内
 自分の馴れ親しんだ場から一歩外に出れば、そこには豊穣な未知の世界が広がっています。自分が日常接することのない世界にふれ、それについて思いを巡らせる。読書はそのような体験に皆さんを誘うでしょう。PC やスマホには、手軽に欲しい情報が手に得られるという長所がありますが、同時に、自分の好きな情報だけを容易に選別して見ることができるので、どうしてもそれだけ、自分の馴れ親しんだ世界に閉じこもりがちとなります(「島宇宙化」と呼ぶ社会学者もいます)。学生時代は時間の自由がきくので、知らない場所を訪ねるのも良いし、本を通して知らない世界にふれるのも良いでしょう。有効に時間を使って欲しいと思います。キャンパスになじむことができれば、大学はそれなりに居心地の良い場所。だからこそ外に出ることも心がけてください。
 「幸福の国」として知られるブータンについての良書を紹介します。ブータンは国民総幸福(GNH)という国是で知られてきました。ヒマラヤ山脈の尾根と渓谷が織り成す雄大な景観、豊かで美しい文化遺産と自然環境が守られてきました。人びとは文化や自然を大事に守りながら心豊かに暮らしています。そうした生活様式の維持・発展を通して、今後も人びとに幸せな暮らしを保障しようとするのが、国民総幸福です。その国是の理論的支柱とも称されるブータンの知識人、キンレイ・ドルジ著の『「幸福の国」と呼ばれて―ブータンの知性が語るGNH』(2014年、コモンズ)です。
 経済成長が起きるからこそ社会は豊かになり、われわれは幸せな生活を送れる。そのためにも、自己実現を目指してどんどん勉強し、どんどん働かないといけない。ひいては、そうした生存競争によって社会の繁栄が守られ、さらに増進されていく。われわれは往々にしてそのような思いにかられがちですが、それは本当でしょうか?ブータンでも発展・開発が進むにつれ、そうした考え方が広まり、今では経済格差や村落過疎化など、日本と同じような社会問題に悩まされるようになりました。そうした中、ブータンではあらためて、これまでの文化の継承や自然の保全を軸とした暮らしを見直そうという機運が高まっています。(この点も日本に似ています。)そうした昨今のブータン社会情勢が、同国で生まれ育ち、そこに暮らす著者の目線より等身大に伝えられます。ブータンを特別視せず、同じ課題に面する者どうし、その解決に向けて学び合えることはないか考えよう。こうした観点より『「幸福の国」と呼ばれて―ブータンの知性が語るGNH』を読んでもらえれば、皆さんも有意義な異文化体験ができると考えます。

甲南大学図書館報「藤棚」(Vol.33 2016) より