2.おすすめの本」カテゴリーアーカイブ

東野 圭吾『容疑者Xの献身』

文学部 3年生 匿名さんからのおすすめ本です。(KONAN ライブラリ サーティフィケイト) 

書名:容疑者Xの献身
著者:東野 圭吾
出版社:文藝春秋 
出版年:2005年

 この作品は,テレビドラマ化もされた「探偵ガリレオ」シリーズの一つであり,映画化された作品である。

 物語は,「探偵ガリレオ」シリーズの主人公である,物理学者湯川学の大学時代の友人である石神哲哉が,隣人が殺害してしまった夫の死体の処理を手伝うところから始まる。石神は,湯川が唯一天才だと認める数学者である。そこから,石神の工作と湯川の推理との戦いが始まる。

 この作品の魅力は,やはり何と言ってもトリックにあると私は考える。犯人が石神の隣人であると分かっているため,刑事に見つかるかどうかハラハラしながら読み進めていく。しかし隣人が犯人である証拠は出てこず,石神の工作はどういうものだったのだろうと気になる。そして,最後になって石神の工作の種明かしを読んで,驚かない人はいないだろうと思う。また,すべての謎が解けた時,タイトルにもある通りの「献身」的な態度に私は思わず涙を流してしまった。これまでの伏線とトリック,そして結末は今まで読んだ中でも最高級であると私は思う。映画化もされていたのでそちらも見てみてほしい。小説ならではのトリックかと思いきや,映画でも見事に再現されていた。俳優陣の演技もすごく良く,映画でも思わず涙を流してしまった。余計な推測はせずに,純粋に読み進めて,トリックに騙されてほしいと思う。そして私と同じように,ぜひその結末に涙してほしい。

有川 浩『図書館戦争』

文学部 3年生 匿名さんからのおすすめ本です。(KONAN ライブラリ サーティフィケイト) 

図書館戦争 図書館戦争シリーズ(1) : 角川文庫(日本文学): 有川浩

書名:図書館戦争
著者:有川 浩
出版社:角川書店 
出版年:2011年

  この物語はシリーズ化されており,別冊2冊も含めて全部で6冊ある。今回はシリーズ全体の書評を書こうと思う。

 「メディア良化法」という法律が成立した仮想の時代を舞台に,メディア良化法と対立する力を持った図書隊という組織に属する主人公たちが活躍する物語である。

 映画化もしており非常に人気のシリーズであるが,私がこの物語にハマった理由は,「胸キュン」である。切迫した戦闘シーンがある一方で,主人公の笠原郁という女の子が健気に恋をしているシーンは思わずキュンとしてしまう。さらには,笠原が所属する特殊部隊内での絶妙な掛け合いも魅力である。掛け合いのシーンでクスッとし,戦闘シーンでドキドキハラハラし,恋の場面でキュンとする。このシリーズでは様々な楽しみが味わえるのである。

 個人的には一巻目の「図書館戦争」は設定のベースとなる基本情報の説明が多く,笠原の恋模様もあまり描かれないので,堅苦しい印象を受け,少々難しいと感じた。しかしその設定を理解した上で二巻,三巻と読み進めていくとどんどんおもしろくなっていく。なので,一巻目で諦めず,二巻目に手を出してほしい。ハマること間違いなしである。

 もちろん,映画化した方も見てほしい。若い女性向けだと思われがちだが,アクションシーンは本当に圧巻で見応えがあるし,コメディーシーンも笑えるため,幅広い世代に勧めたい作品である。

石川 幹人『だまされ上手が生き残る 入門! 進化心理学』

理工学部 4年生 地主 大輝さんからのおすすめ本です。(KONAN ライブラリ サーティフィケイト) 

だまされ上手が生き残る

書名:だまされ上手が生き残る 入門!進化心理学
著者:石川 幹人
出版社:光文社 
出版年:2010年

 「進化心理学」というと、このレビューを読んでいただいている方にとって若干聞きなれない言葉かも知れない。かいつまんで言うならば、進化生物学と認知心理学の間にある学問で、我々が良い出来事に関して温かみを持ったり、何か悪いことがあればそれに対して憤ったりする。こういった感情は一体いつどのようにできたのだろうか。

 例えば本書冒頭にある例を一つ紹介したい。

 ゴキブリが怖いという感情がある。ゴキブリは怖いものだと教えられてなどいないのに、少なくともかのディズニー作品のようにゴキブリと一緒に掃除しようなどとは思わない。(注:ディズニーの件は本書にはないのと、このシーンは誰もしようとは思わないから面白いのであり、批判の意図はないことを付け足しておく)ゴキブリに恐怖心を持っている生物はゴキブリがいるような不衛生な場所を避けることが出来、寿命を延ばすことができた。逆に恐怖心を持たなかった生物は淘汰され、結果として我々がゴキブリを嫌うようになったと本書は主張する。

 このレビューを書いていてふと思ったことは、遥か昔の微生物が時代とともに”形”を幾度となく変えて人類が誕生したことは気にしても、我々が恐怖を抱いたり悲しんだりすることについて、これが何故そのような出来事に対してそのように感じることができるのかについて考えたことがない。この本は、そんな人間の、「中身」について、意外な一面を教えてくれたのかもしれない。

宮部 みゆき『悲嘆の門』

理工学部 4年生 地主大輝さんからのおすすめ本です。(KONAN ライブラリ サーティフィケイト)

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書名:悲嘆の門(上)、(下)
著者:宮部 みゆき
出版社:毎日新聞社 
出版年:2015年

 宮部さんの作品は以前から読んでおり、RPG好きな宮部さんらしいファンタジー小説は好きだなと思っていました。特に印象に残っていたのは「英雄の書」という幼い女の子が行方不明の兄を探しに異世界を旅するお話が、ラストのハッピーエンドともつかない切ないものだったので印象に残っていました。で何故この本の話をするのかといえば、今回ご紹介するこの本は、じつはその本の続編であるからです。といっても今回の作品の舞台は普通の世界なので、宮部さんチックのSFがドドンと出ているものではないのですが、それでも食いついて読むことができました。 

 ここでちょっと上巻の内容をこぼすと、とあるネット監視会社でバイトをする大学生三島孝太郎の周囲で不気味な出来事が起こります。一つは妹の友人がネットでいじめられ、彼女の母親から相談を受け、二つ目に体の一部が切断される不気味な連続殺人が発生します。そして、友人の森永が失踪してしまう。孝太郎は友人が最後にたどった道を調べる……というところから物語が徐々に始まっていきます。 

 読んでいていくつか気になったところがありました。この本には、ネット社会の乱用に対する宮部さんなりの警鐘も含まれているのではないかと感じました。じつは作品中にネットの闇とも言うべき問題がいくつか登場します。例えば先に述べたネットのいじめや、再生回数稼ぎになると言って、見るに堪えないあるものをネットにばらまくなど……現実のネット社会も、社会の不満や先の不安を憂いてネット上に極めて感情に走りすぎた言動をバラまいたり、大きくバイアスのかかった種々の言葉をぶちまけたりするコメントや書き込みが大半を占めている。宮部さんはこのような状態に警鐘を鳴らしているのではないかと感じました。

 そして、この”極めて感情に走りすぎたもの”は、主人公である孝太郎も、彼にとって悲痛なある出来事によってそれに傾倒してしまいます。一体その出来事とはなんなのか、それによって彼がどんな”姿”になってしまうのか、それはみなさんが読んでからのお楽しみに取っておくことにします。

曽根 毅『花修』

文学部 4年生 川嶋健佑さんからのおすすめ本です。(KONAN ライブラリ サーティフィケイト)

書名:花修 : 曾根毅句集
著者:曾根 毅
出版社:深夜叢書社 
出版年:2015年

 2015年に出版されて句集のなかでも抜群に読み応えのある句集がこの花修であった。

 作者の曾根さんは東日本大震災が起こったまさにその時、仙台港にいたことが付属の栞に記されている。そのこともあってか震災に関係していそうな句が目立つ。以下にその句を上げる。

   薄明とセシウムを負い露草よ

   桐一葉ここにもマイクロシーベルト

   燃え残るプルトニウムと傘の骨

   諸葛菜活断層の上にかな

 句の質感としては重い。しかし、作者の伝えたいことが句の表層に現れてこないため、その質感は如何様にも解釈ができる。それは漫然と震災句として流される可能性もあるし、曾根さん自身の訴えかけのように受け止められる可能性もある。だが、ひとつとして多くを語った句はない。つまり1句ごとに俳句としての無機質さ、広い意味での客観性を維持しているのだ。それは先に挙げた句以外にも共通する。

 以下に挙げる句はこの句集のなかでも個人的に抒情性を感じるものだ。

   存在の時を余さず鶴帰る

   かかわりのメモの散乱夕立雲

   快楽以後紙のコップと死が残り

 「存在の時」、「かかわりのメモ」、「快楽以後」、どのことばも抽象度が高い。この抽象度の高さが句に余白を生み、抒情へと繋がっていく気がする。以下に挙げる昭和を代表する俳人の抒情性と曾根さんの抒情性を比べると違いがはっきりする。

   炎天の遠き帆やわがこころの帆 山口誓子

   玫瑰や今も沖には未来あり 中村草田男

   バスを待ち大路の春をうたがはず 石田波郷

 これらの抒情的な句は、言い換えれば「青春性」と言ってもよいだろう。それと比べると曾根さんの句はどこか「無機質な抒情」といった感じ。もしかしたら平成の抒情とはこういったものかもしれない。

 少し話はズレるが、句集は1頁に2句から4句しか載っていないものが多い。それは1句ごとに立ち止まって読んで欲しいという思いから、その形態にしているそうである。そういった意味ではこの花修は間違いなく1句ごとに立ち止まらないといけない句が並んでいる。

ジャレド・ダイアモンド「銃・病原菌・鉄」

書名: 銃・病原菌・鉄 : 1万三〇〇〇年にわたる人類史の謎 (上・下)
著者: ジャレド・ダイアモンド
出版者: 草思社  出版年: 2000年
配置場所: 1階開架一般  請求記号: 204/D71/

  人類が誕生してから約250万年間、ヒトは石器を使って狩猟採集を行っていました。この時代は、「旧石器時代」と呼ばれています。この長い旧石器時代は、文明の進化も緩やかでした。しかし、農耕が始まってからは急速に発展し、わずか約1.2万年で、現代人がスマホを握るに至っています。
 その間、ヒトは生物学的な進化も続けてはきましたが、その速度は緩やかなままです。つまり、旧石器時代中期のヒトと、現代のヒトは、知能も含めて、生物としてはほとんど変化がありません。あらゆる年代ヒト、あらゆる国と地域のヒトは、どんな生活をしていても生物学的な格差はない、と結論付けることができます。
 では、文明の格差は、なぜ生まれたのでしょうか。強大な政治力・経済力を持った国家が生まれる条件とは何だったのでしょうか。鉄を製錬し、銃を創造して、他の大陸を圧倒したのは、なぜヨーロッパを中心としたユーラシア大陸の人々だったのでしょう。逆に言えば、アメリカ大陸の先住民族、たとえばアステカ帝国によって、スペインが制圧されなかったのはなぜでしょう?そして、この本のタイトルにあえて「病原菌」が追加されている理由は?

 著者のジャレド・ダイアモンド氏は、生物学から始めて医学、進化生物学と幅を広げ、この本を執筆する頃には言語学などの人文科学分野まで研究対象としていた学際的な研究者です。学問分野の枠にとらわれずに人類の歴史を検証したことで、それまでの常識に一石を投じました。

 オーストラリアの友人からこんな話を聞いたことがあります。砂漠でキャンプをしていたら、ディンゴ(野生の犬)が彼の靴を盗っていってしまったそうです。近くに住む伝統的な狩猟採集生活をしているアボリジニの子どもたちに、靴を見つけてくれるように頼んだら、ディンゴの足跡を追跡して1時間ほどで靴を取り戻してくれたとのこと。靴を取り戻すだけでも、周辺の地理やティンゴの生態など、多様な知識を使います。ましてや、生きていくためには、膨大な量の知識が必要となります。
 本やインターネットに、たくさんの知識を蓄えているつもりでも、わずかに1.2万年分です。しかも、それらの外部記憶領域にアクセスできなくなったら、我々は生きていけるでしょうか?
 昔の人も偉かったのだと、改めてそんなことも考えた本でした。

(konno)