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[藤棚ONLINE] マネジメント創造学部・杉本喜美子先生推薦本『君たちに明日はない』・『水鏡推理』・『貿易戦争の政治経済学:資本主義を再構築する』

図書館報『藤棚ONLINE』
杉本喜美子 先生(マネジメント創造学部) 推薦

 3回生の就活シーズンが始まった。自己PRや志望動機を書いたのでコメントを頂けませんか?という相談であふれる季節である。ゼミや講義で接点を持ってはいても「時間の共有」の点で圧倒的に足りていない相手に、適切なコメントができるほど人間はできていない。さらに言えば、自分自身の働くことに対する姿勢が正しいと、自信の持てることは何一つない。だからこそ、皆さんがこれからの行き先を悩んだ時、今から挙げる本が、何かしら参考になればと期待を込め、私のすべき仕事を作者陣に任せてしまおう!
 垣根涼介の『君たちに明日はない』シリーズは、会社をリストラされる人々の面接官が主人公である。リストラの経緯を通して、様々な業界/職種の人々がどんな姿勢で仕事に向かい合っていたか、そして向かい合っていくかを描いた小説で、各業界/職種の苦労と楽しみが理解できると思う。読んだのは何年も前だが、未だ印象に残っているのが、主人公自身が最初にリストラを宣告される場面である。リストラの理由は「いただく給料をわずかに超えるパフォーマンスしか常に出していないから」であった。逆に言えば、自分が働くことで会社に与える利益がいくらかを緻密に計算できているわけだ。全力で仕事をしていた自分は、単に自信と冷静さに欠けていただけだな、若くてあほだな!と反省したことを覚えている。もちろん、わずかでなく最大のパフォーマンスを出すことが職場の雰囲気をよくすることもあるだろう。だが、その計算のもとで働く人間もいること、その計算の中で自分はどのくらいの価値を持つのかということをきちんと知ろうとすることこそ大事だと思う。
 『万能鑑定士Qの事件簿』で知られる松岡圭祐の『水鏡推理』シリーズは、論理的思考力と熱意にあふれた文科省ヒラ職員が主人公で、総合職である国家公務員やその道の権力者たちの不正を暴いていく。それぞれの仕事における“優秀さ”とは何かを考えさせられる小説だ。正規/非正規や職位など、立場の違いで発生する給料の違いが、その人自身のパフォーマンスとリンクしていないことの理不尽さを改めて実感させられる。自分自身も人から見ても“あなたがそこにいていいよ”と納得できる仕事に出会えるのは、奇跡なんだろうか?
 最後は、私の教える国際経済学の分野から一つだけご紹介。ダニ・ロドリックの『貿易戦争の政治経済学:資本主義を再構築する』(もちろん訳本でお試しください。翻訳上手!)。この本の内容は読んでください。まとめるには長すぎる。ダニ・ロドリックの論文は常々、自分の研究のために読むことが多いが、ほかの論文と違い「今、世の中で何が問題か?」ということに真摯に向き合い、そのhot issuesをできる限り直ぐに(他の方に先駆けて)解決したいとはやる気持ちが伝わってくる経済学者だ。よって、ボーっと目をつむっていただけで、世の中の問題はすべて先に解決されちゃうんじゃないか、私の手を出す場所は何もなくなるんじゃないかという不安を呼び起こす。だからこそ、論文でなくこういう著書を読むと、どんなふうにhot issuesを研究題材に変換していくのか、その経路を見せてもらえる気がする。研究者としての仕事を全うするうえで、こんな本の読み方もありますよ、というご提案。みなさんそれぞれに出会ったことのない同業の尊敬者を将来見つけるんじゃないだろうか。こういう本の読み方、10年後にどうぞ!

[藤棚ONLINE] 知能情報学部・梅谷智弘先生推薦本『今日、僕の家にロボットが来た。:未来に安心をもたらすロボット幸学との出会い』

図書館報『藤棚ONLINE』
梅谷智弘 先生(知能情報学部) 推薦

 ロボットに関する研究を行っていると「ロボットとともに暮らす未来」について考えることがあり、私は実際に大学の公開講座で話したことがあります。本学の図書館にも、エントランスには受付ロボットがいて、リファレンスカウンターには図書館職員を支援するためのアンドロイド・ロボットが働いています。一方、ロボットが本当に社会に溶け込むためには、ロボットのことのみを考えればよい、というわけにはいきません。ロボットとともにいる「人」や、人とロボットとのかかわり、いわば、「ロボット付き合い」についても考える必要があります。
 そこで、本書「今日、僕の家にロボットが来た。:未来に安心をもたらすロボット幸学との出会い」を紹介します。この本は、日本ロボット学会の安心ロボティクス研究専門委員会(現:ロボット考学研究専門委員会)での議論での成果をもとに、未来に安心をもたらすための人とロボットのあり方について、まとめられています。未来の家庭にロボットがやってきたときの家族とロボットのかかわり、出会いからのロボット付き合いを通した一連の物語をとおして、人とロボットにかかわる最先端の研究とその課題を、きわめてやさしい言葉で、かつ、一貫したスタイルで丁寧に解説されています。その中で、現状のロボットアプリケーション研究の課題、安心をもたらすロボットに関する研究への動機付け、さらには、ロボット社会の将来像についてまとめられています。
 ここで、ロボットに対する安心感、ロボットとの付き合い方、に関して、工学(技術)的な側面だけでなく、心理学、哲学、など、人にかかわる様々な研究分野の視点からのロボットとの付き合いに関する研究が1冊にまとめられています。ここまで一貫して、多面的にまとめられた「ロボット付き合い」の本は類を見ないと考えます。よく、ロボットを研究する動機として、「人を知るため」と語られます(私は授業でそのように説明します)が、ロボット研究を通して人を知ることの重要性を本書によって改めて認識しました。本書は、人-ロボット研究の入口となるとともに、ロボット付き合いの未来を考え、ロボット社会をよりよく生きるための土台になる良書だと考えます。
 ロボット学、というと、理系っぽく思われがちですが、実は幅広い学問であり、人にかかわるロボット、となると人文科学、社会科学も含めた様々な人による幅広い議論が必要になります。未来のロボット社会に興味がある人はもちろんのこと、特に、技術のことはちょっと……、という学生にこそ、本書を取って、みなさん個々人のロボット付き合い、について考えてほしいです。

[藤棚ONLINE] 経営学部・北居 明 先生推薦本『ティール組織 : マネジメントの常識を覆す次世代型組織の出現』

図書館報『藤棚ONLINE』
北居 明 先生(経営学部) 推薦

 「我々が『マネジメント』と呼んでいるものは、その大半が人々を働きにくくさせる要素で成り立っている」と述べたのは、近代経営学の父と呼ばれるピーター・ドラッカーです。たしかに、権限命令関係をはっきりさせるための階層は、人々の自主性を阻害することも多いです。計画どおり活動を進めるためのPDCAサイクルは、そのサイクルを回すこと自体が目的化し、仕事を増やす結果になることもしばしばです。「だって多くの会社が実際にそうやってるじゃないか」とか、「教科書にはそう書いてあるじゃないか」という声が聞こえてきそうですが、メンバーが自主性と創造性を最大限発揮し、互いがもっと協働できる経営のかたちは、他にもあるかもしれません。
 今回ご紹介する「ティール組織」は、これまでの経営の在り方を覆すような、様々な具体例が示されています。著者のフレデリック・ラルーは、コンサルティング会社勤務後、2年半にわたって新しい組織モデルの調査を行い、先進的な経営を行っている12社を抽出し、それらの経営の在り方を「進化型(ティール)組織」と名付けました。ティール組織では、管理職はいませんし、公式の組織図もありません。勤務時間を管理するためのタイムカードもない会社もあります。ティール組織の特徴は、徹底した自主管理、全体性、そして存在目的です。それぞれについてごく簡単に説明すると、自主管理は、プロジェクト型の組織で進められ、新たな人の採用も、人事部ではなく、このプロジェクト組織の裁量で決定します。もっと言えば、給料や転勤も自主申告で決めることができます(ただし、助言システムを通す必要があります)。全体性は、人々が職場でもっと「自分らしさ」を発揮することです。存在目的は、エゴにとらわれず、「何のための人生なのか」、「組織や仕事の本当の意味は何なのか」を常に考え続けることです。したがって、ティール組織では、普通の企業が重視する利益、成長、ライバルに対する勝利は目的ではなく、副産物であると明確に位置づけられています。そのため、経営戦略論でしばしば教えられているSWOT(自社の強みと弱み、環境の機会と脅威)分析なども行われないと言われています。このような組織で働くことができれば、私たちはもっと自分らしく、仕事に生きがいをもって打ち込むことができるかもしれません(現在の『働き方改革』は、仕事は労苦であると暗黙の裡に仮定しているようなところがあるように思います)。
 ティール組織は、世界中の組織の中ではほんのごく一部なので、学生の皆さんが将来働く組織は、ティール組織ではない可能性の方が大きいでしょう。ただし、それを当たり前にせず、自分たちが直面している現実は多くの可能性の一部であることを意識できる一冊と思います。

ジョージ・オーウェル 著 『動物農場 おとぎばなし』

文学部 3年生 匿名希望さんからのおすすめ本です。(KONAN ライブラリ サーティフィケイト)

書名: 動物農場 おとぎばなし
著者: ジョージ・オーウェル
出版社:岩波書店
出版年:2009年

今、激動するこの時代におけるフィクションの存在意義とは何か。京都では35人の若者が凄惨な事件で未来を奪われた。香港も日韓関係も混沌としている。一見フィクションなど読んでる場合ではないと思われるかもしれない。しかし、このような社会だからこそ実はフィクションに存在意義がある。そしてそれを代表するのがこのディストピア小説である。

   トランプ大統領が誕生した際、ジョージ・オーウェルの代表作『1984』は非常に注目を集めた。しかし彼のもう一つの名作であるこの『動物農場』はご存知だろうか。農場主である人間を追い出した動物たちの政治の話である。はじめは民主政治が行われていたにも関わらずいつの間にか、ある豚によって独裁制が始まるのだ。この作品の顕著な点は動物全員の合意によって作られたはずの「七戒」がいつの間にか独裁豚によって改竄されている点だろう。詳しくは英語の原文を読めばいかに都合よく改竄されているか分かって頂けるはずだ。ここでの批判対象が全体主義的な共産主義であるのは言うまでもないが、もう一つ重要な点は、権力に対して国民が思考停止していることである。豚以外の動物たちは七戒の改竄や歪曲、独裁に漠然とした違和感は抱くものの誰も指摘ができない。これは全体主義社会に生きる市民への風刺であり、警告である。著者が懸念した最大の点はこの「国民の沈黙」だったのではないか。

   しかし、この現象は現代にも見受けられる。民主主義国家であるはずの日本人の多くが沈黙を貫いている。今回の参議院選での投票率は過去最低を更新した。これでは動物農場の動物たちと変わらないのではないか。だからこそ今読んで頂きたい。『動物農場』は中学生を対象年齢とした寓話調であるため原文でも非常に読みやすく、誰でも理解しやすい。あえて寓話としているのは、フィクションというものが現実とかけ離れた架空の世界のことではなく、我々に降りかかる可能性のある危険を孕んだ、極めて現実的な側面を持つことを皮肉的に示唆しているためなのではないか。夢と希望に溢れるお伽話の世界は現実には存在しない。かといってフィクションは現実逃避するためにあるのでもない。むしろあえて、今後の社会で起きても不思議ではない側面を誰の目にもはっきりと見せることは、想像力に訴えるフィクションにしか果たせない役割なのではないか。是非一度『動物農場』を手に取って頂きたい。

 

[藤棚ONLINE] 経済学部・平井先生推薦本 『日本軍と日本兵―米軍報告書は語る―』

図書館報『藤棚ONLINE』
平井 健介 先生(経済学部) 推薦

 本を読んでみたいけど、どのようなジャンルの本を読もうか迷う時ってありますよね。そんな時、私は「イベント」にあやかることにしています。たとえば、旅行で札幌に行く予定があれば札幌を舞台とする本を読み、「もうすぐ敬老の日か」と思ったら「老」を題材とする本を手に取ってみるということです。普段は手にしない本を半ば強制的に読むことになるので、新鮮な気持ちになります。この「あやかる読書」の一環として、ここ数年はお盆に帰省する際に戦争物を読んでいます。8月=終戦=戦争ということですね。
 そこで、先月読んだ一ノ瀬俊也『日本軍と日本兵―米軍報告書は語る―』(講談社、2014年)を紹介します。本書は、太平洋戦争を舞台に「日本陸軍とはいかなる軍隊だったのだろうか」を考えるものです。問いだけ見れば平凡ですが、本書のユニークな点は、問いに答えるための方法にあります。筆者は「もはや日本人という身内限りの自己評価だけでは限界がある」として、アメリカ軍が戦闘地域の兵士に配布した雑誌Intelligence Bulletinの記事を用いて、日本軍と交戦した、あるいは日本軍の捕虜となったアメリカ軍兵士の証言から、日本軍の実像に迫ろうとするのです。
 本書は全4章で構成されています。第1章と第2章では日本兵の特徴について書かれた記事が取り上げられ、日本兵が単なる盲目的な天皇崇拝者ではなかったことが明らかにされます。一例を挙げれば、日本兵は捕虜として丁重に扱われると「お返し」の気持ちから機密情報をべらべら喋った、戦前に欧米文化に親しんだ日本兵は捕虜になると米兵と交流しようとした、などです。
 第3章と第4章では日本軍の戦法について書かれた記事が取り上げられ、日本軍の戦法を非合理で片付けられないことが示されます。一例を挙げると、玉砕戦法は、勝利あるのみ(=降伏しない)という制約下で、①勝利のためには戦車を撃破する必要がある、②しかし、そのための兵器が実用化されていない、という2つの現状を踏まえれば、単純に「非合理的だ」と一蹴できないのです。
 本書から感じられるのは、日本軍は決して我々にとっての他者ではない、我々だって彼らになれる素質を十分備えているということだと思います。これまで、戦争に至る経緯や戦法は、軍部の精神論に基づいた非合理的な思考の結果として「他者化」される傾向にありましたが、どうやらそうではないということです。本書も含めて、近年の議論では、「ある前提の下では合理的な思考であった」、あるいは「合理的な思考の積み重ねで非合理的な決定が下された」ことが指摘されるようになってきているようです(手嶋泰伸『海軍将校たちの太平洋戦争』(吉川弘文館、2014年)、牧野信昭『経済学者たちの日米開戦』(新潮社、2018年)など)。 本書には、ここで紹介した事例以外にも読んだら知り合いに言わずにはいられない日本兵の「悲喜劇」が満載されています。戦争の悲惨話・感動話はお腹いっぱいという人には、8月にお勧めの一冊です(次は1年後ですが・・・)。

辻 邦生 著 『夏の海の色』

文学部 2年生 匿名希望さんからのおすすめ本です。(KONAN ライブラリ サーティフィケイト)

書名: 夏の海の色
著者: 辻 邦生
出版社:中央公論社
出版年:1977年

あなたにとって、思い浮かぶような夏の思い出は何だろうか。夏はきっと思い出くらいがちょうどよいと思う。私にとってこの作品を手に取るきっかけとなったのは、高校三年生の頃に解いた国語の問題で、本文として表題である短編の「夏の海の色」を読み、惹かれたからである。

それくらい、美しい文章だった。改めて読み返してもそう思えるように、この中には夏の憧憬が広がっている。この本は辻邦生による「ある生涯の七つの場所」という連作短編集の二作目に当たり、フランス人女性と私の緩やかな愛の生活と、少年や青年とその周りに描かれる魅力的な人々との関係や恋愛についての合計14の物語が交互に描かれている。これは、一作目である「霧の聖マリ」から引き続き「黄いろい場所からの挿話」と「赤い場所からの挿話」が交互に語られている。これは、七冊からなる物語が平行に描かれているためであるが、この作品だけでも読み味わうことができるようになっている。

古い城下町である。城跡、石垣、夏の昼下がり、濃く影を落とす公園に、木陰で昼寝をする行商人。表題作で描かれるのは、そんな景色が広がる夏の物語だ。第三希望の中学校に進学が決まった少年は、叔母の妹である咲耶の紹介で、彼女の住む街で過ごす夏の日々の中、地元の中学校の剣道部の練習に参加することになる。海辺の街で行われる合宿に参加することになった際、咲耶は「私」に、絶対に海で泳がないようにと約束させるのであった。わけも説明しない彼女との約束を合宿が終わるまで守り続けた「私」は、二人で船に乗り沖合の赤いブイの近くにたどり着いたとき、その悲しい理由を知ることになる。

咲耶に抱く少年の淡い恋心と、彼女の抱える秘密が、美しい城下町の描写と夏の匂いに溶け込んで、少年の一夏の思い出と心の成長が淡くシリアスに紡がれている。

この本の中では、このような夏の物語が他にも収録されている。自分の中にある夏の思い出を思い返すように、少し感傷的な心で読み進めて欲しい。もうすぐ秋になる、そんな夏の終わりや初秋に浸って欲しい。あなたの夏の海の色に向けて。