投稿者「図書館」のアーカイブ

中川真太郎先生(経済学部)「産業革命と人々の生活」

 新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。
 私が皆さんにお薦めしたい本は、角山栄・村岡健治・川北稔著『生活の世界歴史<10>産業革命と民衆』(河出文庫)です。
 大学で経済学を学び始めると、資本や生産といった言葉がよく分からないと感じることが多いようです。資本とは、建物や機械のことですが、現代社会には資本があふれていてピンとこないのですね。
 本書は、イギリスを舞台に産業革命によって人々の暮らしがどのように変わったのかを描いています。
 産業革命以前、人々は人間自身の力や家畜の力、水車・風車の力など自然のエネルギーだけを利用して、農作物を育て、衣類を織り、家を建てていました。この時代、資本と言えば、住宅や倉庫、水車や風車、作業場、それから各種の道具類ぐらいだったでしょう。
 しかし、イギリスでは人口の増加とともに森林が減少し、燃料用の薪や木炭が不足するようになります。そこで、これらに代わって石炭が使われ始めます。最初、石炭は暖房やガラス加工の燃料として使われましたが、その後、石炭を利用して炭鉱の排水をする機械が開発されます。さらに、その仕組みを改良して蒸気機関が生み出されると、蒸気機関車や蒸気船が発明され、紡績機や力織機など繊維工業の動力源としても使われるようになります。さらに、これらの機械の材料となる鉄も、石炭を利用して製造できるようになり、石炭と機械の利用は、イギリスからヨーロッパ、アメリカそして世界中に広がっていきます。
 蒸気機関や蒸気船、紡績機や力織機といった機械は全て資本であり、産業革命は、まさに資本が爆発的に普及していく過程なのです。そして、それは人々の生活を激変させました。
 本書では、産業革命によって、人々の食べ物、飲み物、服装、住居、働き方、娯楽、教育、そして生き方や価値観まで、暮らしのあらゆる面がどのように変化したかが、豊富な図版を使いながら生き生きと描かれています。1975 年初版で、最近の研究成果を反映していないという欠点はありますが、経済学を学ぶ学生には是非読んでいただきたい1冊です。

甲南大学図書館報「藤棚」(Vol.36 2019) より

須佐 元先生(理工学部)「本に親しむ」

 新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。これからの新生活に心踊らせていることと思います。皆さんはこれまでも沢山の本を読んで来られたと思いますが、これからの四年間は、たっぷりと読書の時間が取れる人生の中でとても貴重な時間です。読書にはルールはありません。読書はまずは楽しみであり、同時に知識を得るための一つの方法です。読みたい本をできるだけ沢山読んでください。そこで得た知識は糧となり、また身についた読書習慣は今後の長い人生に、人工的ではない美しい色合いと深みを与えてくれるはずです。みなさんの選書の助けとなるかどうかわかりませんが、私が最近気に入った本を紹介しておきます。

『ホモ・デウス-テクノロジーとサピエンスの未来』
 河出書房新社 ユヴァル・ノア・ハラリ著 柴田裕之訳

 本書は「サピエンス全史」で有名な歴史学者である著者が、人類の歴史の歩みを振り返りながら、今後の人類・社会の進化・変質をかなり大胆に予測したものです。上下巻あって少し長いのでやや大変ですが、硬い内容のわりには比較的読みやすく、大学生になってチャレンジするには良い本です。読み進めていくと、まず人類にとっての生命・科学・宗教といった大きなテーマの意味が語られ、次にAI などのテクノロジーを手にした、未来の人類のありようが大胆に予測されます。刀で切ったような議論が行われており、その結果、ひやりとするような断定があちこちにあります。良書と考えますが、かなりラディカルな内容でもあるので、本書の内容を無批判に受け入れるのではなく、ここを思考の起点として将来の人類のあり方について各々の考えを深めてもらえればと思います。本書の最後には読者に3 つの問いが残されており、これを考え続けてほしいと著者も述べておられます。ぜひ一度手に取っていただきたいと良書です。

 以上推薦しましたが、とにかくそれぞれがそれぞれの興味の赴くままに本を読んで下さい。

甲南大学図書館報「藤棚」(Vol.36 2019) より

田中雅史先生(文学部)「私が影響を受けた本」

 私が大学時代もっとも影響を受けたのが、その時の英語の担当だった高山宏先生の『アリス狩り』(復刊されています)という本です。英語の授業でも注釈付きの『不思議の国のアリス』を使っていたのですが、高山先生の最初の本である『アリス狩り』はノンセンスについて、19 世紀イギリスの世紀末文化について、メルヴィルについてなど幅広い内容を扱った刺激的な本でした。その後授業で紹介された由良君美先生のゼミにも参加したのですが、由良先生の代表作である『椿説太平浪漫派文学談義』(平凡社ライブラリーで読めます)は日本では一般にあまり馴染みのないイギリスロマン派について、美術や神秘主義哲学などもふんだんに盛り込んで語っています。文学研究というより談義という言葉がふさわしい、読んで楽しい本です。由良先生の本でも紹介されている宗教学者のミルチァ・エリアーデの本は、個別宗教の教義や歴史ではなく宗教的な存在の構造を論じているもので、文学研究にも役立ちます。多くの本が訳されていますが、『聖と俗』(法政大学叢書ウニベルシタス)は人間にとって聖なるものがどのように関わっているのかを書いた本です。入門書というにはやや難しいですが、聖なる時間・聖なる空間についてや現代の脱聖化した社会について考えるきっかけになるでしょう。
 現在では私は文学と心理学(精神分析)の比較をしているのですが、高山先生や由良先生の話にもユングを中心に心理学の話がよく出てきました。ただ、対象関係論や自己心理学などの現代的な理論の話はあまりありませんでした。文学や思想の分野でよく使われるラカンに学び、対象関係論なども取り入れて独自のナルシシズム論を作ったジュリア・クリステヴァの『女の時間』(勁草書房)は、現代に生きる上で参考になる内容が多く含まれていると思います。

甲南大学図書館報「藤棚」(Vol.36 2019) より

初春の令月、万葉集に触れてみませんか?

新元号「令和」が発表され、万葉集が話題です。この機会に万葉集に触れてみませんか?
現在、図書館エントランスにて『万葉集略解』(安政3(1856)年、甲南大学図書館所蔵)の初春令月~のくだりのページや解説をパネル展示していますので、ぜひ一度見てみてください!

また、入館ゲート入ってすぐの特設コーナー『「令和元年」~万葉集を読もう~』で、関連図書を展示していますので、ぜひ借りて読んでみてくださいね!

山田悠介著『Aコース』

  知能情報学部 4年生 匿名希望さんからのおすすめ本です。(KONAN ライブラリ サーティフィケイト)


書名:Aコース
著者:山田悠介
出版社:幻冬舎

出版年:2004年

近年は様々な技術が発達し、VR技術が身近なものになった。自宅でゴーグルをはめたら誰でもVRの世界を体験することができる。Aコースはそんな時代の到来を予期していたかのような本である。
舞台となるのはバーチャワールドというゲームセンターのアトラクション。このバーチャワールドは自分たちが選んだ設定の場所に行き、現実世界と同じように動き回ることができる。着ている衣服の感覚や呼吸の感覚、さらには痛みまで再現してしまう、という代物である。高校三年生の藤田賢治は仲間たち4人と一緒にこのバーチャワールドで遊ぶことになる。選んだ設定はAコース。燃え盛る病院からの脱出を目的に、行く手を阻む侍骸骨を躱しながら仲間たちと協力して進んでいく。
一見よくあるSF小説の設定であるが、ゲームの攻略が進むにつれてこの物語は徐々に恐ろしさを帯びていく。ゲームは人を変える。現実世界では身を潜めていた内面が仮想世界で顕わになる。このゲームで一番恐ろしいのは、病院を取り巻く炎でもなく、いかなる攻撃も通用しない侍骸骨でもなく、人間であった。そして暴かれていくAコースの真実。
この物語を読み終わったころには、所詮創作話である、と一蹴するかもしれない。少なくともこの本が出版された年であれば何一つ不自然ではないのだが、現代の技術を目の当たりにしている私たちにとって、これは無関係な創作話ではなくなってきている。SNSを通じて名前も顔も知らない人たちとつながる時代である。多くの人が現実世界の自分とは異なる自分を抱えている。現実世界で纏っている殻を脱ぎ捨てて、内なる自分がSNSで活動し、つながりを広げている。その媒体がVRの世界に代わる日が来るかもしれない。少なくとも否定はできないはずである。そのような時代が来た時に、私たちはどう対応していくのか。どんな自分が現れ、どんな人間と関わっていくのか、そういうことを考えさせられる。この本は、そんなVRの世界を身近に感じる今だからこそ手に取ってほしい一冊である。

今村夏子著『星の子』

  知能情報学部 4年生 三村亮介さんからのおすすめ本です。(KONAN ライブラリ サーティフィケイト)


書名:星の子
著者:今村夏子
出版社:朝日新聞出版
出版年:2017年

まずこの本の著作者の今村夏子氏は、デビュー作の『こちらあみ子』、2作目『あひる』共に子供の視点から見たゆがんだ家族の物語であった。今回の『星の子』も子供の視点か ら見た家族と宗教の物語である。
この物語の語り手は中学3年生の「わたし」こと林ちひろ。彼女が産まれてすぐの頃は体が弱く、産まれてから3ヵ月ずっと保育器に入っており、退院した後も熱を出し、母乳は飲まず、飲んでも吐き、中耳炎や湿疹等の症状に悩まされていた。そんなある日、ちひろの父が会社の同僚である落合さんから譲ってもらった「星のめぐみ」と呼ばれる水をきっかけにちひろの体調がよくなっていくが同時に両親が怪しげな宗教に入会することになる。
中学3年になり、ちひろは宗教の集会やイベントに行っている。高校生の姉が両親の目を覚まさせるべくあの手この手で策を試したが良い成果が得られず結局家を出て行ってしまう。親戚もちひろの身を案じ引き離そうとする。学校での立場は小学生の頃はあまり友達が出来なかったのだが、なべちゃんが転校してきてから話し相手になるようになり、何度か話さない時期があったが今では他の友達もできている。
そんなある日、なべちゃんから「あんたも?」、「信じてるの?」と聞かれるが、「わからない」とちひろは答える。このやり取りから、ちひろには怪しい集団である宗教集団もまともな集団である親戚の人たちや学校の友人達も否定できないということなのではないだろうか。
この物語は読者側から見ると、林家の悲惨な転落劇のように思えるが、語り手であるちひろは淡々と家族の内情を語っている。怪しい宗教集団を否定できないのも両親の愛情を実感しながら生きてきたからだろう。中学3年生になったちひろに変化を予兆する様も見受けられ、作者はその描写を繊細に描いている。
この物語の最後はちひろの人生の分岐点となっており、この物語で描かれたちひろの成長は自分と決別する勇気を持てたのではないだろうか。少なくとも私は、ちひろが両親と決別の道を選ぶ描写だと思っている。