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カツセマサヒコ著 『明け方の若者たち』

 

 

知能情報学部 4年生 Mさんからのおすすめ本です。(KONAN ライブラリ サーティフィケイト)

書名 : 明け方の若者たち
著者 : カツセマサヒコ著
出版社:幻冬舎
出版年:2020

『明け方の若者たち』は、夢に向かって一直線に進む若者の姿を描いた物語ではない。むしろ、何かを目指しているはずなのに、その「何か」がはっきり見えないまま、日々を過ごしている若者たちの心情を丁寧にすくい上げた小説である。読み進めるうちに、登場人物たちの姿が特別な存在ではなく、どこにでもいる普通の若者として感じられ、自然と自分自身と重ねて読んでしまった。

作中では、音楽や恋愛、仲間との時間が描かれ、そこには確かに楽しさや高揚感がある。しかし同時に、その時間がいつか終わってしまうことを登場人物たちはどこかで理解している。そのため、楽しい場面でさえ、完全には満たされない不安や虚しさが漂っている。その感覚がとてもリアルで、若さ特有の勢いと脆さの両方が伝わってきた。

この作品が印象的なのは、若者たちの未熟さを否定しない点である。彼らは迷い、間違え、時には現実から目を背けるような選択もする。しかし作者は、それを責めるのではなく、「そうやって生きてきた時間も確かに存在している」と静かに描いているように感じた。そのため読者は、登場人物たちに対して批判よりも共感を覚える。

また、本作には分かりやすい成功や救いは用意されていない。それでも、誰かと過ごした時間や、心が動いた瞬間が決して無意味ではなかったことが、物語全体を通して伝わってくる。明け方という、夜でも朝でもない曖昧な時間帯が象徴するように、登場人物たちはまだ途中にいる存在であり、答えを出せないまま生きている。その姿が、現実を生きる私たちと重なって見えた。

『明け方の若者たち』は、「何者かになれなかったとしても、その時間や感情は確かに自分の人生の一部だった」と優しく語りかけてくる作品である。読み終えたあと、強い希望が残るわけではないが、自分の過去や今の立ち位置を少しだけ受け入れてみようと思える、静かで温かな余韻を残す一冊だと感じた。

高橋ユキ著 『つけびの村 : 噂が5人を殺したのか?』

 

 

文学部 2年生 Sさんからのおすすめ本です。(KONAN ライブラリ サーティフィケイト)

書名 : つけびの村 : 噂が5人を殺したのか?
著者 : 高橋ユキ著
出版社:晶文社
出版年:2019

2013年7月21日、山口県周南市金峰(みたけ)地区で起きた住民5人連続殺人事件を覚えているだろうか。「噂話をされている」「近所の住民みんなが自分の悪口を言っている」と思い込んだ男が住民5人を殺害し、被害者ら宅に放火した事件である。ニュースカメラに写された男の家には一首の川柳が。それは「戦慄の犯行予告」として世間を騒がせたが、全てが噂話に過ぎなかった。

本書はノンフィクションライターである高橋ユキが、ネットとマスコミによって拡散された噂話を一つずつ裏付けしながら事件の真相解明に挑む新時代の調査ノンフィクションである。住民数12人の小さな集落で起きた本事件。著者がその閉ざされた空間を切り開いていく。

狭く閉ざされた集落の中の風習、文化、そして噂話。私はどこかで「異質」に囲われた空間の存在をこの集落に期待していたのかもしれない。しかしいい意味でそれは裏切られた。本書で描かれているのは日本のどこにでもある田舎の日常なのである。「郷」「コープの寄り合い」「秋祭り」といったこの集落独自のものは存在するが、土俗因習や地縁血縁の呪縛、痴情のもつれなど直接事件に関係していそうなものは一向に出てこない。では住民自体はどうか。この点については猛烈な違和感があった。登場人物各々に少しずつ奇妙さ、そして不気味さを感じるのだ。そこに著者の体験描写が加わることでより一層の違和感を抱く。このうまく言葉では表現できない感情をぜひ味わっていただきたいと思う。

特に印象深かったのは「コープの寄り合い」である。被害者の友人で、自らも事件当時金峰地区に住んでいた元住民による証言でこの集まりの存在が明らかになる。この場で何が話されていたのか、誰が参加していたのか、どこでこの集まりが開催されていたのか。これらが明らかになったとき、この集落住民たちに抱いていた違和感に合点がいくだろう。

事件を再現した序盤部分によって、一気に本書に引き込まれていく。「この集落にはどんなに恐ろしい風習があるのか」「何か悪い部分があったのか」など大きな期待を抱くだろう。これらに加えて、次第に明らかになる「人間」の違和感についても考えてもらいたい一冊である。

パウル・クリストフ編 『マリー・アントワネットとマリア・テレジア秘密の往復書簡』

 

 

文学部 2年生 Sさんからのおすすめ本です。(KONAN ライブラリ サーティフィケイト)

書名 : マリー・アントワネットとマリア・テレジア秘密の往復書簡
著者 : パウル・クリストフ編 ; 藤川芳朗訳
出版社:岩波書店
出版年:2002

1770年4月21日、オーストリアの女帝マリア・テレジアの娘マリー・アントワネットは14歳と5ヶ月あまりという若さで、フランスに輿入れするためにウィーンを出発しヴェルサイユに向かった。この婚姻の成立によってフランスとオーストリアの同盟の強化という生涯の目的を達成したマリア・テレジアであったが、フランス国王ルイ15世からマリーを孫の妃にという申し込みがあってから大慌てで皇女をフランス王太子妃に、そして未来の王妃としてふさわしい女性に育てようとその教育に全力を注いだ。というのもそれまではまだ教育らしい教育がなされておらず、人間形成の面でも一人前とはいいがたかったからである。しかし、たいした教育の成果を見せることなくマリーはフランスへと旅立ってしまう。マリアは何かできることはないかと手紙によって娘を啓発し、警告を与え、助言し、指示を出し、全力で諭すことにし、これはマリアが亡くなるまで続いた。本書はそのやりとりの現存している部分を往復形式で表している。

本章を通じて最も感じたのは「オーストリア女帝マリア・テレジアとフランス王(王太子)妃マリー・アントワネット」ではなく「母と娘」という関係性が強いということである。マリアからの手紙は娘への忠告や提案が大半を占める内容ではあるが、最後の一行には必ず「あなたの幸せを心から祈っています」という趣旨の愛のことばを綴っている。それに対してマリーは反抗したり言い訳をしたりという箇所がみられ、一国を背負う立場の人間同士のやりとりというよりかは単純に母と娘という関係の結びつきのほうが強かったのではないかと考えさせられる。

マリアは娘の輿入れから亡くなるまでの間、毎月欠かさず手紙を書いていた。第三者の目から見ると親心が働き過ぎたということがわかるのだが、娘のマリーにとっては「毎回説教ばかりの手紙」としかとらえていなかったのかもしれない。自由が好きで活発だったマリーの心に母マリアからのメッセージが届くことはなかったのかもしれない。

オーストリア女帝とフランス革命に消えた王妃の親子としての往復書簡である。

エディ・デ・ウィンド著 『アウシュヴィッツで君を想う』

 

 

文学部 2年生 Sさんからのおすすめ本です。(KONAN ライブラリ サーティフィケイト)

書名 : アウシュヴィッツで君を想う
著者 : エディ・デ・ウィンド著 ; 塩﨑香織訳
出版社:早川書房
出版年:2023

本書は1943年9月、ユダヤ系オランダ人医師ハンス(著者)が妻のフリーデルとともにアウシュビッツ強制収容所に送られる所から始まる。到着するなり引き離された二人。僅かな食事しか与えられず過酷な労働を強いられる日々を送っていたハンスのもとに妻のいる実験棟では「教授」を名乗る男が人体実験を繰り返しているという噂が届く。居ても立っても居られなくなった彼は妻を助けるために、そして妻と二人で生きて収容所を出るために奔走する。

常に死と隣り合わせという絶望の中で人は誰かを愛することができるのかを問いながら、有刺鉄線の内側で妻を一途に想い続けたホロコースト生還者が書き綴った手記である。

真面目すぎるがゆえの真っ直ぐな行動から仲間からも厳しいことを言われることもあった。違反がばれて懲罰を受けたこともあった。名前も財産も、自分が持っていたもの全てを奪われてしまった。それでも妻フリーデルのために生きることをあきらめなかった著者。私はこんな状況でも人を愛することができるのかと衝撃を受けたとともに心を打たれた。

特に印象深かったのはハンスがフリーデルに対する人体実験を止めてほしいと直接医官に懇願しに行く場面である。もともと医師であった彼は収容所内の病棟で働いていた。しかしいくら面識があったとはいえ仕事の用事もなくいきなり医官に近づき一方的に言葉を投げるという行為はその場で、いや、医官に近づいた時点で殺されてもおかしくなかった。そんな状況の中で怖気づかなかったハンス。彼にとってフリーデルという存在がどれほど大切なのかを感じ取ることができる場面であった。

一度読み始めると独特の緊張感と焦燥感に襲われ、ひと時も目が離せなくなる。本書を最後まで読めばハンスとフリーデルのその後や彼らが収容所の中で触れた仲間たちの暖かさ、そしてハンスが直談判した「医官」が誰だったのかについても明らかになる。全てを知ったうえでもう一度読むのもおすすめだ。

オグ・マンディーノ著 『この世で一番のメッセージ』

 

 

知能情報学部 4年生 大木 大司さんからのおすすめ本です。(KONAN ライブラリ サーティフィケイト)

書名 : この世で一番のメッセージ
著者 : オグ・マンディーノ著 ; 住友進訳
出版社:竹書房
出版年:2005

二年前、本書は私に読書を始めるきっかけを与えてくれた。フェイクニュースがあふれる現代にお
いて、正しい知識を身につけるには読書が最も効率的だと頭では理解していたものの、実際には本
を開くと目が疲れ、頭痛がして、読書は長続きしなかった。

本書は一見すると自己啓発書のようであり、幸せな人生を送るために何をすべきかを段階的に示し
てくれる。しかし、単なる名言集や理論の羅列ではなく、物語を通してそのメッセージを伝える点
が、従来の自己啓発書とは大きく異なっている。この構成が、読書に苦手意識を持っていた私を自
然と物語の世界へ引き込み、気がつけば一晩で読み終えていた。その体験をきっかけに、現在まで
に百冊を超える本を読むようになった。

本書の中で特に印象に残った言葉がある。「自分の足下にチャンスが転がっている事に気づかず、
他の土地に行きさえすれば上手くいくと考えている人は気の毒である」という一節だ。この言葉は、
物事がうまくいかない原因を環境のせいにしがちだった私の考え方を大きく変えた。もちろん環境
の影響は無視できないが、今いる場所でもできることは必ずあるという視点を与えてくれたのであ
る。
また、「逃してしまえば取り返すことのできない四つのこと」として挙げられた、〈口に出してしま
った言葉〉〈放たれた矢〉〈過去の人生〉〈なおざりにされたチャンス〉にも強く共感した。この四
つについては人それぞれ考えが異なるだろうが、私は深くうなずかされた。自分にとって本当に取
り返しのつかないものは何かを考えるきっかけにもなった。

本書は、私の人生を劇的に変えたわけではない。しかし、物事の捉え方や考え方といった「頭の中
の何か」を確かに変えてくれた一冊である。充実した人生を送るためのヒントと、人生を見直す小
さなきっかけを与えてくれた本として、今でも私の原点にある書籍だと感じている。
もし今ここで、これが目に止まったのであれば是非手に取って読んで欲しい。この図書館に置いて
いるかは分らないがね。

亀井俊介著 『ニューヨーク』

 

 

知能情報学部 4年生 大木 大司さんからのおすすめ本です。(KONAN ライブラリ サーティフィケイト)

書名 : ニューヨーク
著者 : 亀井俊介
出版社:岩波書店
出版年:2002

誰にでも、「いつか必ず訪れてみたい」場所があるだろう。私にとって、その一つがニューヨーク
である。「世界最高の都市」と称されるこの街を、一度は自分の身体で感じてみたい・・・そんな
漠然とした憧れを、私は長い間抱いてきた。

しかし、その「最高」という言葉の中身について、私は驚くほど無知だった。
高層ビル、高い物価、そして多種多様な人々。そうした断片的なイメージだけで街を理解したつも
りになり、他人の評価やメディアの言葉に流されていた自分を、今振り返ると少し恥ずかしく思う。
そんな折に出会ったのが、本書である。軽い気持ちでページをめくったはずが、読み進めるうちに、私の中にあったニューヨーク像は崩れていった。

本書のニューヨークは、決して単なる富と成功の象徴ではない。そこにあるのは、世界中から集ま
った無数の「異邦人」たちが、自らの居場所を求め、必死に生き抜こうとする姿である。
ニューヨークとは、完成された都市ではなく、常に更新され続ける存在なのだと感じた。
私が憧れていた「最高」の正体は、豪華さや洗練といった表面的なものではなかった。それはむし
ろ、「未完成」であるがゆえに変化を恐れず、街に生きる者が自分自身の可能性を信じて高みを目
指す、そのエネルギーの総体だったのである。

昨年の夏、私は東南アジアを旅し、街に満ちる圧倒的な熱気に心を揺さぶられた。しかし、本書か
ら伝わってくるニューヨークの熱は、異なる。個が強く、時に孤立しながらも、同じ空間で共存す
る厳しさ。そこでは誰もが主人公になれる可能性を持つ一方、同時に「ただの異邦人」でいられる
自由も保障されている。その矛盾を抱え込む力こそが、ニューヨークという都市の強さなのだろう。

本を閉じた今、かつての漠然とした憧れは、確かな知的好奇心へと変化している。「いつか」とい
う願望ではなく、「必ず」という意志へと変わった。自らの足であの街に立ち、「世界最高の都市」
の続きを、自分自身の目で確かめたい。