甲南人の軌跡Ⅱ/岡畑 美咲/意志を貫き、人生を拓く | 卒業生の活躍紹介サイト | 甲南大学

意志を貫き、人生を拓く

岡畑 美咲

Okahata Misaki

甲南大学 博士研究員

2015年 理工学部生物学科卒
2017年 自然科学研究科 生物学専攻 修士課程修了
2020年 自然科学研究科 生命・機能科学専攻 博士後期課程修了

趣味・特技

料理、お菓子作り

好きな⾔葉

失敗は成功のもと

学⽣時代のクラブ・サークル

大好きだった研究に明け暮れた学生時代

 幼いころから好きだった生物を深く学びたい。そう考えた私は、理科の教員免許を取得でき、かつ、純粋な意味での生物学を学べる、関西の数少ない大学の1つである、甲南大学に進学しました。

 入学早々に頭を悩ましたのは、通学時間の長さでした。兵庫県西部に住んでいた私の通学時間は片道2時間以上。毎朝6時半には家を出て大学に向かう毎日でした。教職課程をとっていたため、授業は週6日に及び、帰宅途中に塾講師のアルバイトを終えて帰る頃には23時を過ぎることもしばしばでした。

 そんな生活をしていたある日、木下記念事業団が運営する寮が寮生を募集しているとの情報を聞きつけ、寮生活を計画。さらに、給付制奨学金を得るために、寝る間も惜しんで勉強に励みました。幸いにして選考を突破することができた2年生以降は、ありがたい環境で生活をすることができました。

 念願の研究室に配属されたのは、3年生の終わりごろ。高校時代から自分の体がどのようにできているのかを細胞レベルで勉強したいと考えていた私は、迷わず動物を扱う研究分野を選択。その中でも「線虫」を扱う久原研究室を選びました。

 37兆個あるといわれているヒトの細胞に対し、線虫はわずか1000個弱。けれど線虫は、ヒトと同じような働きを持つ遺伝子を多く持つため、これを研究することでヒトの遺伝子の働きを解明することにも繋がるのです。さらに、線虫の大きな特徴は、その成長の早さです。線虫は20~25℃の環境に置くと、わずか3、4日で成虫になるため、実験結果が出るまでに時間を要さず、短期間で研究成果を出すことができるメリットがあります。

 基礎研究の魅力に取りつかれた私は、時間を忘れ、研究にのめりこみました。実験のほとんどは失敗に終わります。失敗とはただの失敗ではなく、次に進むためのステップともいえます。見つけた課題を自分でクリアできると、実験はもっと楽しくなりました。このように書くと、順風満帆にみえるかもしれませんが、長く失敗に苦しんだこともあります。

 線虫のある遺伝子が壊れている変異体を、培養するための寒天培地に入れ、正常な線虫と比べて、温度への応答性がどのように変化するのかを調べていたときのことです。温度への反応に異常が出るはずの変異体で、正常な値が出てしまいました。その理由がまったくわからない。そんな状態が1年ほど続きました。

 同じ条件のつもりでいても、自分でも気づかないような条件の違いでうまくいかないことがある。それが実験の難しさです。さまざまな条件で実験を行い、1年後、ようやく飼育する寒天培地の大きさの違いによる酸素濃度が原因であることを突き止めました。この研究成果を論文にまとめ、「ロレアルユネスコ女性科学者日本奨励賞」、「日本学術振興会育志賞」など、多くの学会や団体から賞をいただきました。研究のほとんどはうまくいきません。予想外の結果がほとんどです。ですが、科学が示してくれていることに忠実に向き合うことで、予想外の思いがけない結果が新しい発見に繋がります。博士課程では研究の醍醐味を味わうことができ、今後の人生も研究に捧げたいと思っています。

「ガラスの天井」に挑む!

 「ガラスの天井」と呼ばれる言葉をご存じでしょうか。目の前に階段があるのに、見えないガラスの天井があるために上に進めない。女性研究者にとっての研究の世界を形容する言葉としても使われます。

 私は現在、一児の母として、この天井に立ち向かっています。

 学部卒業後に入学した大学院修士課程では、寝食を忘れ研究に没頭することができ、博士後期課程入学時には採択率が20%ともいわれる日本学術振興会の特別研究員に選ばれ、学業を続けるための資金として研究奨励金を得ることもできました。けれど、博士後期課程1年次の結婚、翌年末の第1子出産の過程で、女性が研究を続けることの難しさを痛感します。私の場合、妊娠を原因とする食欲不振、吐き気、嘔吐といった「つわり」の症状が強く、電車に乗ることができませんでした。そこで妊娠がわかる直前までに出した、論文執筆に必要となるおおよそのデータをもとに、家で論文を書き上げました。しかし、論文がそのまま雑誌に掲載されることはほぼありません。同じ研究分野の先生によるチェック(査読)が入り、その結果、追加実験と書き直しが提示されます。追加実験を妊娠中期(安定期)に終わらせ、出産の間際まで論文を書き直して再提出。出産後にようやく公表されました。まさに綱渡りの作業でした。

 出産後も、慣れない育児をこなしつつ、実験と博士論文の執筆を進めました。大学院の課程を修了し博士号をもらうには、国際誌への論文掲載のほか、別途博士論文を書き上げる必要があるためです。朝6時に起床し、出発までに家事をできるだけ終わらせる。7時過ぎに保育園に娘を預け、大学に通学。夕方に研究を切り上げ18時までに保育園に向かう日々。帰宅後に夕食を作り、風呂に入れ、娘と遊ぶ時間も確保しつつ21時に寝かせます。その間も子どもは大人が思うようには動いてくれませんし、保育園で風邪やウイルスをもらってきて家族全員が寝込むこともありました。これまでのような実験ざんまいの生活からは一変しました。それでも、保育園に迎えに行ったときに聞く、「ママ!」という嬉々とした娘の声を聞くだけで、疲れが吹っ飛びます。今は限られた時間で研究結果を出すためにどう段取りをつけるかということをいつも意識して生活しています。

 けれど、研究と育児の両立は自分1人だけの努力ではなしえません。女性研究者に対して理解のある久原先生、同じ研究室に所属する先輩、そして、子育てに協力してくれる夫の存在。何一つ欠いても今の生活は成り立たず、恵まれた環境とご縁に感謝の思いでいっぱいです。

 研究に関しては、一度やめてしまうと戻ってくるのは至難の業だと思います。ですので、研究者として大切になる今後の10数年を、ゆっくりであっても歩みを止めることなくとにかく続けていきたいと考えています。生物学という自分の好きなことを仕事にできているという幸せを原動力に、育児も研究もどちらも追い求めていく。そうして、女性研究者が結婚や育児といったライフイベントがあってもキャリアを中断せずに両立できるような道筋を次世代の研究者のために作っていくことができれば、こんなにうれしいことはありません。

目的を持つことで未来は開ける!

 社会人になくて、学生にあるもの。それは、自分のために使える時間です。ですので、後悔のないようにいろいろなことに挑戦してほしいと思います。また、今やりたいことが明確でない方も、友達と遊ぶのでもいいし、インターンシップに行くのでもいい、サークルを頑張るのでもいい。没頭できる何かを見つけることで、将来に繋がっていくこともあります。

 一方で、どれだけたくさん時間があっても、どう過ごすかということについて自分の意志を持つことはもっと大切です。自分が選択したことを何も考えずにやるのか、自分の中での目標を立てて臨むのか。行動は同じでも、その中身はまったく異なります。

 私は裕福ではなかったこともあり、学業以外ではアルバイトに一生懸命取り組みました。生活費を稼ぐための行為ではありますが、自分が選択した塾講師・家庭教師は、教職課程を目指していたからこその仕事です。

 塾講師は、生徒との接し方や勉強を教える力を身につけたいという思いから始め、決められた教材に従い、塾長と保護者が決めたプランに沿って生徒に教えました。しかし、これでは、自分でプランを組んだり、保護者とお話したり、生徒と保護者の間に入って成績が伸びるように工夫したりというところまでができません。こうした自分の希望を実現するために、家庭教師のアルバイトをしました。教育実習を経験し、塾や家庭教師と、学校の間にある教育に対する考え方の決定的な違いを感じることができたのは、これらの経験があったからにほかなりません。

 もう1つ思うのは、後悔のないような学生時代にしてほしいということです。

 私の学生時代の後悔は、留学に行けなかったことです。経済的に難しいと思ってあきらめてしまったのです。でも、今にして思うのは、お金は後からついてくるものではないかということ。その時苦しかったとしても、働いてから返していくことも可能です。

 英語ができないと苦労する時代が来る。日本の、研究の現場にいても強く感じます。少子高齢化で多くの外国人が入国していますし、今後は、一般の人でもある程度の職に就こうとすると、英語ができないと苦労する時代が来ると思います。そのためには、自分を英語しか通じない場所に置くということが大切だと思います。その意味で、今年、共同研究のために3か月間オーストリアに行くのは私にとって大きなチャンスでした。ですが、新型コロナウイルス流行のため、取りやめになったことで、学生時代の後悔を引きずる形になってしまいました。

 嘆いても失った時間を取り戻すことはできません。みなさんにはぜひ後悔のない学生時代となることを願ってやみません。

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