甲南人の軌跡Ⅰ/津田 哀子/私の原点 | 卒業生の活躍紹介サイト | 甲南大学

私の原点

津田 哀子

Tsuda Aiko

EMI TRAVEL PARIS 勤務
フランス政府公認ガイド

2009年 法学部法学科卒

趣味・特技

フランス語

好きな⾔葉

七転び八起き

学⽣時代のクラブ・サークル

体育会柔道部

努力することの意味

 私が大学生活でもっとも力を入れたことは柔道です。4年間、体育会柔道部に所属し、団体戦では関西3位の成績を残すことができました。中学校から始めた柔道でしたが、大学に入ってからは、上を目指して一所懸命練習することが日常になり、それがとても充実した気持ちを生んだのを覚えています。高校は、フランス甲南学園トゥレーヌ校に進学し、フランス・サンシール市の田舎町で3年間を過ごしました。卒業して帰国した後も、いつかフランスに戻って来ようと決めていましたが、若い間しかできないスポーツに打ち込もうと、大学では柔道に集中することを決めたのです(もちろん勉強が第一!)。

 しかし、2年生の夏、部活に行くことができなくなりました。練習しても試合で勝つことができない自分が嫌になり、そして誰にも必要とされてない、誰にも期待されてないと感じるようになったからです。半年間畳を離れましたが、その間、友だちや部活動の先輩、後輩、先生、いろいろな方の支えのもと、再び部活動に戻り、卒業まで続けることができました。今思えば、それまでの人生でもっとも長く感じた辛い半年間でした。その後、私は以前のように勝つためではなく、とにかく続けること、最後までやりきることを目標に練習に励みました。おかげで友人にも恵まれ、とくに部活の仲間とは卒業後も頻繁に連絡を取り合い、お酒を飲み交わす大切な関係を築くことができました。

 ところで、私が大学生活で学んだことのひとつは、「努力しても夢は必ずしも叶わない」ということです。学生時代はそれを理解することができず、絶望を感じたのを今でも覚えています。ただ、そこから諦めずに続けたからこそ今の自分があり、一生の友だちができたのです。柔道を4年間続けたことを悔やんだことは一度もありません。努力をしても報われることは少ないかもしれません。ただ、何もしなければゼロ、もしくはそれ以下なのです。努力で夢は叶わなくとも、それによって得た大切な人たち、そして知識、経験は、必ず自分の将来を豊かにしてくれるものだと確信しています。

花の都パリを案内して

 現在、私はフランス・パリで政府公認ガイドとして働いています。きっかけは、3年間の高校生活をフランスのトゥールという古城巡りで有名な田舎町で過ごしたことでした。「いつかは私も旅行で来る人たちを案内してみたい」とその頃から漠然と思い、いつかはフランスに戻ってこようと決めていました。甲南大学を卒業してからは、2年という短い期間でしたが、特技のフランス語を活かして旅行会社の営業職に就職し、退社後、単身パリへ乗り込んだのです。

 高校生活を過ごした田舎町とは違う花の都パリで、右も左もわからないまま現地の旅行会社に運よく採用が決まり、アシスタントをしながら、プロのガイド、フランスの国家資格取得を目指して勉強を始めました。通常、プロのガイドになるには英語、フランス語、そして第3ヵ国語(選択式)が同じレベルで使いこなせることが必要です。私は当初英語がまったく話せなかったため、ガイドの専門知識を学ぶための学校にさえ入学できませんでした。なんとか入学した後も、初めて学ぶ美術史や建築史、歴史学や文学史に関する専門性の高い授業内容、またフランス語だけでなく英語も同等のレベルで習得しなければならないという環境に、最初は慣れるだけで精一杯で、本当に無我夢中で食らいついている状態でした。

 しかし、運よく同じクラスの仲間に恵まれ、授業のノートを共有しあったり、体調が悪いときに面倒を見てもらったりと助けを受けて、一歩一歩課題をクリアすることができました。そして、3年間の苦労と努力がようやく報われ、フランス政府公認のガイド資格を取ることができたときには、あまりの嬉しさに泣き崩れてしまったことを今でも鮮明に覚えています。振り返れば、この3年間は私の人生でもっとも勉強した、そしてもっとも忙しい時期だったと思います。

 フランスで旅行ガイドとして働くということは、歴史建造物を単に案内するというだけではありません。時に驚くような海外ならではのハプニングが起こることもあります。たとえば、有名なルーブル美術館では、当日になって「今日は朝一番に会議を行うので1時間開場を遅らせます」という知らせを受けることがよくあります。何ヵ月も前から時間を指定して団体予約をとり、確認証を持っていたとしても、まったくお構いなしです。ガイドとしては何十人ものお客様を1時間も待たせることはできません。というのも、旅行のツアープランは、とても綿密に作成されていて、1時間遅れてしまえば、その後に予定している昼食、セーヌ川クルーズ、そして帰りの飛行機の時間にも影響してくるからです。しかし、ルーブル美術館にとっては数多くある海外の旅行会社のその日のツアープランなどどうでもよく、私たちも、彼らに交渉しても怒ってもどうにもならないことはわかっています。「郷に入っては郷に従え」というように、ガイドの仕事では、とくにこうした海外の「しょうがない」部分を受け入れるしかない場合も少なくありません。

 しかし、こういう想定外のハプニングが起こったときにこそ、ガイドとしての力量が試されていると、この仕事の醍醐味を感じます。日程の調整を現場の判断で瞬時に乗り切り、ツアーに参加している旅行客がフランスに旅行に来てよかったと満足して帰国してもらえるよう、頭をフル回転して乗り切るのです。何よりも嬉しいのは、「津田さんにガイドを担当してもらって本当に楽しかった、どうもありがとう」と最後にお礼をいわれることです。この言葉があるからこそ、少しくらいのハプニングにもへこたれず、次の日も頑張ろう!という気持ちになるのです。

 この仕事をして学んだことは、事前準備はとても大事ですが、どれほど準備をきちんとしていても、当日に予期せぬ出来事が起こってしまうということです。そうした想定外の事態に臨機応変に対応できる力と、感情的にならず、冷静に判断できる姿勢がもっとも重要です。

海外へ行きたいあなたへ

 誰しも必ず一度は思うはずです。卒業して就職して、「一度きりの人生、このままでいいのだろうか」と。そのときに、海外に出るという決断をされる方も多いかと思います。

 私から皆さんに、海外生活を始めるにあたってのアドバイスが3つあります。

 1つめは、日本の習慣や質の高いサービスをあたり前だと思わないこと。日本はサービス業のクオリティーが世界でも圧倒的に高い国のひとつだと思いますが、決して「ジャパニーズ・スタンダード」が世界水準であると勘違いしてはいけません。あまりにもその状態に慣れすぎていると、それがあたり前になってしまい、海外で常に「日本と全然違う」と不平不満を漏らすことになります。これではせっかくの海外生活も面白くありません。異なる社会や文化、価値観で育った人たちが住む国において、ルールやサービスの提供の仕方が違うのは当然です。この違いがあたり前であるという前提を忘れないことが、海外生活を楽しく始める第一歩になると思います。実際にハプニングが起きたとき、誰かに聞くだけでなく、自分で動かなければ解決できないことが多々あるのです。フランスでは、サービスは勝手に提供されるものではなく、自分から勝ち取って得られるものなのです。

 2つめは、外国語、とくに英語を勉強しておくこと。事実上、英語は世界の共通言語なので、これができないと話になりません。英語の他、もう1つくらい語学ができるととても楽しいと思います。たとえば、私の場合はフランス語ですが、ロシアや旧ソ連諸国に住みたい人ならロシア語、南米に住みたい人ならスペイン語といったように、その土地の言葉ができれば生活の幅がぐっと広がり、便利です。ただ、仕事で使う語学は相当訓練しないといけません。発音がきれいかどうかはさして重要ではなく、自分の考えを正確に相手に伝えること、相手の話す内容を正しく理解できること、これが最低限のレベルです。そして仕事とは、商談や打ち合わせのなかだけで決まるのではなく、休憩時間のちょっとした世間話、昼食や夕食での会話などから発展することも少なくありません。このようにさまざまな場面で会話を操るために一番重要なことは、母国語(日本語)が豊かであることだと思います。日本では帰国子女でない限り、ある程度成長してから別の言語を学ぶことになりますが、母国語が貧弱である人間は、決して第二外国語、第三外国語と言葉を広げていくことはできません。母国語で知らない単語や表現を他の言語で話すことができるでしょうか?よく「文法を勉強しても話せるようにならない」と思っている方が多いように感じますが、これは間違いです。言葉の構造を知らずに話しても、上達は遅く、仮にその場の雰囲気で話している気になっても、それでは人と深い話をすることはできませんし、学校に通って専門知識を身につけたり、仕事を見つけたりすることはできません。うわべだけの会話では、自分の主張をハッキリと伝えることができる外国人と対等に渡り合うことなどできません。

 そして最後に、日本にいる間に、日本語と日本のことをしっかり勉強すること。2点目で述べたことを強調するためあえて繰り返しますが、語学が上達する一番の近道は、日本語を豊かに話せるようになることです。語彙力、そして日本のこと(文化や社会情勢、伝統や風習など)、いろいろな知識がなければ話す内容も豊かにはなりません。是非、学生の間に貪欲に色んなことを学び、わからなければ先生に尋ね、骨太な自分をつくり上げてください。

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