甲南人の軌跡Ⅱ/山戸 章行/めまいと共に生きる | 卒業生の活躍紹介サイト | 甲南大学

めまいと共に生きる

山戸 章行

Yamato Akiyuki

1999年 文学部 日本語日本文学科卒

市立吹田市民病院
耳鼻咽喉科 医師

趣味・特技

走ること、泳ぐこと、 空を飛ぶこと

好きな⾔葉

己に克つ

学⽣時代のクラブ・サークル

ばりうれしい!神戸線開通

 私の学籍番号は195110*3でした。最初の1は学部生で、95年入学の11は文学部の日本語日本文学科の所属を表します。私たちは阪神・淡路大震災のあった年に入学した、日本語日本文学科第一期生です。阪急電車の西宮北口~夙川の高架橋が崩壊し、私の住んでいた西宮は震度7で、家にひびが入り、ガスが通るのにも数か月かかるようなところで暮らしていました。入試がかなり遅れて実施されたこともあり、被災された方には不謹慎な話ではありますが「神様が勉強時間をくれた!」と必死に勉強したことを覚えています。

 阪急電車の夙川~岡本までの部分開通と共に、プレハブの教室での大学生活がスタートしました。なんとなく教師を目指して飛び込んだ文学部でしたが、私が興味を持ったのは都染直也教授に教えていただいた日本語学という分野でした。「通学のとき『ばりうれしい!神戸線開通』というポスター見た学生いますか」の先生のお話で、私の心は鷲掴みにされました。「とても」を超える言葉、大阪弁の代表「めっちゃ」とはまた違う、シンプルな中にも力強さを訴える「ばり」という言葉。神戸のたくましい復興を称える言葉に自分も随分勇気づけられました。

 都染ゼミ(甲南大学方言研究会)に入り、若者ことば、関西弁、特に兵庫県の方言について多くのことを教わりました。私たちの学年は三田市、小野市の方言調査に行きました。その土地で生まれ育った方から、こちらが提示する言葉の方言を教えていただく調査です。「じゃんけんのことはなー、『いっさんほい』って言いおったなー」など優しい眼差しで丁寧に教えてくださる姿に深い地域愛を感じました。また集めたデータを方言地図にすることで狭い地域での言葉は川や交通手段によって広がり、また山は越えにくいという地形的な影響も受けるという現象も証明してきました。地域の人同士で喜怒哀楽を共有し、そして助け合って生きていくのに大切なツール「方言」。言葉遣いはその人の人柄を表し、方言はその人の生い立ちを教えてくれます。勉強の基本は国語というように、日本・日本人を知るのに一番必要な学問を学べたことを誇りに思っています。

 また文学部には作家のような個性的な価値観を持った仲間にも恵まれました。職業に直結しにくい学科であった分、仲間と話すうちに自分とは何かを考えるようになり、今からお話しする方向性を定めることができました。

言葉というメス

 私は、市立吹田市民病院で耳鼻咽喉科医をしています。国語教師を目指していた途中、教壇に立つには「1を教えるには10知っておかなくてはならない」という指導の先生の言葉に深く納得し、文学に疎かった自分はあっさり国語教師を諦めました。外科医の父とは別の道で頑張りたいと長年反発しておりましたが、震災後、私たち家族の安否も気遣いながらも不眠不休で地域の方のために頑張る父を見て、医師という仕事を考えるようになりました。さらに「生命」「コミュニケーション」「心」に興味があり、それが活かせる054仕事として耳鼻咽喉科医を選びました。

 一般的な耳鼻咽喉科は、アレルギー性鼻炎や中耳炎、のどの風邪などを想像されるかと思いますが、私はめまいを専門としています。平衡感覚は目からの視覚、耳で感じる前庭感覚(頭の回転・傾き・加速度)、足の裏などで感じる深部感覚によって構成されます。その情報を脳で調整することで体の揺れを意識せず二本足で歩くことができます。耳の機能が急激に低下すると、目の位置を適正に維持することができなくなり目が回りだします。これが「忙しいと目が回る」理由です。めまいは強い吐き気を伴いとてもつらい症状です。しかも、症状を緩和する薬はあるものの即効性のある根治薬がありません。そこで、私はめまいに興味を持つきっかけになった「前庭リハビリテーション」に力を入れることにしました。フィギュアスケートの選手がトリプルアクセルを飛んでもバランスを崩さない仕組みを応用し、めまい患者のバランス機能を鍛える治療です。

 めまいは、そのときに症状がなければ診断をつけにくく、逆に症状が強いときには受診が難しいため、診断が難しい疾患です。脳の病気を心配される場合は急ぐ必要がありますが、耳鼻咽喉科には症状がやや落ち着いた頃に来られます。そのため患者さんの発症したときの話を詳細に伺い、新しい診察器具を用いて、目の揺れ(眼振)の小さな所見も見逃さないように診察します。その後に大切なのは「疾患への理解」「疾患との付き合い方」になります。限られた診療時間で説明をするための模型を作ったり、また同じ悩みを持つ患者さんが集まり理解を深めていただくための「めまいの教室」を月1回開催したりしています。学生時代の教壇経験がここで役に立っております。 めまいという病気は不摂生で起こる病気ではなく、真面目な方が無理をしすぎたときなどに起こる疾患です。人生の節目のときなど、ここぞというときにめまいは襲ってきます。そして、多くの方は、日常生活は送れるものの、ふわふわする不快感、またいつ起こるかわからない不安を抱えながら暮らすことになります。そのため、説明にはかなり注意が必要です。「治らない病気、付き合うしかない」という説明をする必要があるときに、曖昧な説明はかえって本人の自己決定を邪魔することになると考え、最悪の状況をはっきりと伝えるようにしています。しかし、「諦めてください」という意味ではなく、「ありのままを受け止め、できないことを嘆くのではなく、できることを見つけこれからの人生を歩んでください」という説明をするよう心がけています。言葉はメスとなり、患者さんの心に大きな傷を残してしまう危険性もありますが、同じ内容でも言葉遣い一つで、切れ味のいいメスとして患者さんの不安を断ち切れる武器にもなると信じています。

揺れることで、進むべき道が見えてくる

 私たちが二本足で立って歩けるのは、体が揺れることでその反対に重心を動かすことにより、バランスを取っているからです。人は揺れることで歩くことができるのです。揺れが小さいとバランスを取るのが難しいときがあり、大きく揺れたほうがバランスを取りやすいときもあります。また、動いているほうが大きな突然の揺れに対する備えもできます。実際に、電車の中で立つときに自分の体を意図的に揺らすとバランスが取りやすくなります。

 両親には2つも大学に通わせてもらいましたが、甲南大学での4年間は私にとってとても有意義な寄り道でした。しかも、この寄り道があったおかげで進むべき道が見つかりました。

 どうか思いっきり悩んでください、やりたいことは何でもやってみてください。そうすると自然に進むべき道が見えてきます。

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