
公開日 2026年7月21日
研究と競技の両輪から見えるもの
後神 進史
Goko Shinji
原子力規制委員会 原子力規制庁 長官官房 技術基盤グループ システム安全研究部門
2000年 理学部物理学科卒/ 2002年 自然科学研究科物理学専攻 修士課程修了/ 2006年 自然科学研究科物理学専攻 博士後期課程修了
趣味・特技
ボート競技、バイク
好きな⾔葉
正気に戻ったら負け!
学⽣時代のクラブ・サークル
体育会漕艇部 (現ボート部)
研究生活
私は子どものころ、時計や家電を分解して、中身がどうなっているかを見るのが好きでした。そして、高校の時に自然法則がどうなっているかを考える物理学に興味を持ち、大学は物理学科のあるところをと考えたわけですが、甲南大学を志望した最終的な決め手は大学入試過去問題集(赤本)でした。知識を無機質に暗記したり、試験問題の解き方を練習すること(いわゆる受験テクニック)に興味が持てなかった自分にとって、当時の甲南大学の試験問題「●●の法則を導け。」という本質的でありながら簡潔な過去問に痺れたのです。
晴れて甲南大生となることができ、さらに気がつけば大学院生になった私の学びは研究というステージに移行します。所属した原子核研究室では、粒子加速器施設に独自開発の放射線検出器を持ち込み、核反応による現象を測定したりするのですが、研究の過程で2年弱ほど出向した産業技術総合研究所では、電子加速器の運転や保守、一部改良まで手がけて、自分の研究での実験環境を整備したこともあって、博士課程の学生にはありがちなことのようですが、教授よりも実験現場の機器に詳しいという状況でした。既知の知識や技術を習得していく勉強と違い、研究では誰も正解を知らない未知の領域を追い求めてオンリーワンの作業に挑むこととなるので、これについては世界で自分が一番詳しく、自分にしかできない。という面白い状況が生まれるのです。自分にとっては、それが非常に楽しかったことを覚えています。
博士号を取得した後はそのまま研究者を志し、日本原子力研究開発機構で3年、続いて北海道大学の工学研究院で任期付き研究員をしていましたが、2011年の東日本大震災の影響を受けて東京電力福島第一原子力発電所事故が発生したことがきっかけで、原子力規制行政に携わることとなりました。
現在は原子力規制庁の研究職員として、原子力の安全研究や、許認可審査での技術的な支援を行っています。それまで行ってきた学術研究は自分の学術的興味をもとに未知の現象解明や新技術の開発を行う趣味の延長のようなものでしたが、完成した研究成果が世の中で必ずしも活用されるわけではありません。一方で、規制のための安全研究は原子力施設や廃棄物処理技術等に対する安全性や運用のルール作り等に直接反映させることを目的としているため、自分の興味よりも許認可現場でのニーズや必要性が優先されます。ですが、得られた研究成果は必ず社会貢献に使用されるため、そこに研究意欲を見出すことが可能です。また、許認可審査での支援業務では、研究職員は各々の専門分野の知識や計算技術をもとに申請書に書かれた技術的記載内容の妥当性を評価します。筆記試験の採点に近いものがありますが模範解答が用意されていることはなく、さらには一通り確認を終えても見落としがないとの保証はどこにもないので、いわゆるお役所仕事のような対応で進めてしまうと、自分の判断ミスが被曝事故等に繋がってしまう恐れもあり、専門知識の他にも責任感や倫理観が問われます。こういった業務に携わっていると、現代の社会システムがどのように構築され、運営されているかがよくわかります。
競技生活
私のもう1つの軸であるボート競技と出会ったのも甲南大学でした。何度か漕艇部(以下、ボート部)の試乗会に参加しているうちに気がつけば入部していたわけですが、今から思えば、ここが大きな人生の転機となったようです。
入部当初は選手として先輩やコーチから基本を教わりながら練習をしていましたが、2回生の夏前ごろに部内事情でマネージャーに転向します。大学ボート部という世界は、ほとんどのチームが最終的には日本一を目指すなど目標が非常に高く、練習拠点である艇庫で日常的に合宿を行い、平日の早朝と夕方もトレーニングが組まれます。したがって、日々の合宿での食事準備や、施設の管理はもちろん、試合で遠征する際の、艇を運搬するトレーラーの手配等のすべてを学生のマネージャーがさばくこととなるため、学生のうちから社会人数年目ほどの業務をこなしていた気がします。そんな中で活動方針について指導陣と意見が折り合わず、OB 会を相手に大喧嘩をやらかした末に除名されそうにもなりましたが、当時は部の仲間を守って存続させることが自分の役目だと感じて突っ走っていた気がします。最終的にはチームとして競技成績は残せませんでしたが、なんとか引退までやり切った後、大学院生時代は一時的に兵庫大学ボート部の支援、そして甲南大学ボート部で新人コーチを務める中で、後輩たちにより多くのことを教えたいと思い、競技の身体感覚を理解するために自分も再び艇を漕ぐようになっていきます。
博士課程修了後に研究員として数年ずつを過ごした茨城県、北海道では、茨城大学や北海道大学のボート部に携わり、支援やコーチを引き受けました。それぞれ経済面や環境面等、チーム固有の問題を抱えていましたが、そんな状況を熱意と工夫で乗り越えて目標を追い求める大学ボート部という熱い世界に関わり貢献することが、自分のライフスタイルとしてすっかり定着していきました。
再び関東に戻った後も、甲南大学も含めてこれまで携わったチームを中心に多方面の支援を続けましたが、競技者としても手本を見せられるようになりたいとの思いが契機となり、自分自身も本格的に競技大会に参加するべく身体を鍛え直して練習を重ねました。約10年を経過し、現在では全日本社会人選手権大会の男子シングルスカル(40歳以上)部門での6 連覇を達成し、学生へ教えられる幅も説得力も予想外に大きく広がりました。
このように競技力を向上させるうえで、自分のもう1つの軸である研究活動での経験が実に活かされています。目標に向けての試行錯誤、最新情報の収集と分析、自発的に正解を探し続けて常に思考を巡らせる姿勢等、運動も学問も、そしておそらく仕事も共通点は意外に多く、互いに良い影響を受け合っているように感じます。
夢を抱いて成長を楽しむ
私は研究と競技を深く突き詰めようとしてきた類の人間であり、多くの人が推奨する多種多様な経験を是とする考えとは方向が異なるでしょう。語学や資格取得といった実用的な提言についても他の方々の玉稿に任せます。私が感じることの1つは、何かを高いレベルまでやり続けることによって物事の本質に気づきやすくなり、それが他分野の理解や習得に極めて有益であるということです。そしてもう1つ、私が生きていくうえで重要と感じることについて、皆さんに1つ問いかけます。
あなたはどんな人間になりたいですか? 職業ではなく、1人の人間としてどんな存在でありたいかといった話です。誰しも、つまらない人にはなりたくありませんし、他人から憧れられる魅力ある人になりたいと思うでしょう。逆境に負けない強い人になりたい。周囲を引っ張っていける存在でありたい。本当の意味で優しい人になりたい。私は万人から頼られる人でありたいと思っています。方向性は人それぞれですが、そんな大きな魅力を感じさせる人たちの共通点は「強い心」に他なりません。あなたがこれまでに憧れたことのある人を思い浮かべてください。先輩、先生、親兄弟、テレビで観る有名人、スポーツ選手、映画やドラマの登場人物でも、マンガやゲームのキャラクターでも構いません。いろいろな分野で活躍し、高い能力を備えた人たちは、そこにたどり着く過程で獲得した強い心を持っており、人はその強さに憧れます。達成した成果に憧れているわけではないのです。
先年、東京五輪が開催されました。自分が経験したことのない、興味がない競技でも、金メダル獲得の瞬間には世界中が熱狂し、メダリストの言葉に多くの人が感動を覚えました。しかし、決勝戦で惜しくも敗れてしまった選手はもちろん、国の代表選考で選ばれなかった選手等、栄光を勝ち取れなかった人に対しても魅力を感じることはできます。至高の頂に到達できるのはごく一部ですが、そこを目指して想像を絶する困難に立ち向かい、乗り越え続けることで描いてきた物語が人を魅了します。目標を達成できなかった努力は無駄ではありません。
強い心は、ある日突然湧いて出て来るものではなく、どんな分野にしろ、夢を持って高い目標を掲げて諦めずに挑戦し続けた人だけが得られる宝物です。それは他人を強く惹き付ける以上に、自分自身にも感動と充実感、大きな自信を与えてくれるものであり、豊かで満ち足りた人生を送るための最大の武器ともなり得ます。その場限りの楽しさばかり追い求め、緩く軽く生きた先に人生の幸福は待っていないでしょう。
あなたはどんな人間になりたいですか?
発行日:2023年3月30日

