甲南人の軌跡Ⅲ/田村謙太郎/岡本で過ごした6年間 | 卒業生の活躍紹介サイト | 甲南大学

岡本で過ごした6年間

田村 謙太郎

Tamura Kentaro

静岡県立大学 食品栄養科学部 環境生命科学科 准教授

1999年 理学部生物学科卒/ 2001年 自然科学研究科 生物学専攻 修士課程修了

趣味・特技

好きな⾔葉

Everyone you meet is fighting a battle you know nothing about.

学⽣時代のクラブ・サークル

未来は霧の中だけど

 「正志く強く朗らかに」、とは平生釟三郎さんの言葉ですが、自分の学生時代を振り返ると、決してそうではなく、むしろやや右斜め下向きな学生生活であったように思います。そんな私がこのような文章を書くのはとても気恥ずかしいことなのですが、少しだけ振り返ってみます。

 大学入学直前、高校3年生の卒業式の日まで戻ります。その日学校で最初に目に映ったのは、大きな地震のせいでボロボロに傷ついて崩れそうになっている校舎でした。それまで当たり前に建っていた建物が、たった1日のうちにもう決して立ち入ることができない状態になっていたのを、私はなぜか直視できずに横目にしながら足早に通り過ぎてしまいました。哀しいとか寂しいとか混乱といった感情がぐるぐるに渦巻く非日常を、当たり前の日常として受け入れざるを得なくなったその春、私は甲南大学へ入学しました。入学当初の甲南大学は、グラウンドに急遽建てられたプレハブでほとんどの講義が行われ、壊れた建物を再び立て直す工事の大きな音が常に鳴り響く環境でした。今思うと、そんな環境でも新入生はそれなりに適応していっていたと思います。むしろ、教職員の方々のご苦労は相当なものであったのではないかと推察します。

 私の好きな曲に「未来は霧の中に」というのがあります。イントロから終始、鉛色の音が響く浮遊感タップリの短調の曲です。未来は決して見ることができないとか、光と影はいつも一緒にやってくるとかのメッセージが込められています。重たい曲調がずっと続きますが、最後に長調の和音がさりげなく流れて救われます。大学院を含めて、甲南大学では6年間お世話になりました。4年次の卒業論文のための実験や大学院での研究活動といった時間を慌ただしく駆け抜ける中で、あの入学前の混乱は時折胸を締め付ける痛みとして心の奥に取り残されたものになってしまいました。確かに、未来なんてよく見えません。未来だけでなく、多くの人にとって、過去も時間とともに霧の中に閉ざされていきます。重要なのは今の自分が長調の和音を聞き逃していないかどうかだと思います。

いつか

 大学・大学院を卒業後、いろいろあって私は大学で研究教育の仕事に携わっています。理学部に入学しましたが、当初は特に研究者になるという強い思いがあったわけではありません。生物学科を選んだのも、高校の時に生物の試験だけなぜか簡単だったから、というかなり軟派な理由からきたものでした。

 現在は植物科学の研究をしています。植物を研究するきっかけは、大学4年生の時に所属していた研究室が植物を扱っていたから、というこれまたノープランというか見切り発車というか何も考えていないかのような理由です。しかしながら、その軽い考えで始めた植物の研究はいつの間にか自分の仕事となり人生の一部となりつつあります。

 動かないことから、植物は生きているモノとして捉えないときがあります。私も研究を始めた当初はそのように感じていたかもしれません。しかし彼らは動かなくても生きられる術を身につけている生きものです。そして最も重要なことは、私たちは植物なしでは生きていくことはできません。彼らの作り出す酸素やエネルギー資源や薬用化合物に頼って生きています。私の現在の研究は植物が独自に編み出した生きる術がどのような遺伝子によって支配されているかを明らかにしようとするものです。いろいろな遺伝子が明らかになってきました。それらの遺伝子の働きを知ることで、植物のことをもっと理解し、持続可能な人類の営みに貢献できればと思っています。

 凡て人は皆天才である、とは平生釟三郎さんの言葉です。私の現在の教育理念につながっています。率直に言えば、天才かどうかはひとまず置いておいてその人のキラリと光るところをできるだけ見つけてあげたい、というのが正直な個人的気持ちです。大学では普段の講義に加えて、自身の研究室で植物科学に関連した研究を学生とともに行っています。自分自身が先頭を切って実験をして…、というよりも指導学生さんが自分で実験をし、いろいろな人たちとの議論を通じて新しくて面白いものを見つける、というところにこの仕事のミソがあると思っています。皆、その人にしか気づかないことやその人にしかできないことが必ずあります。それをなんとかして見つけてあげて上手にそれを引き出せたらなと思っています。

旅に出たい

 学生時代、アルバイトで貯めたお金を使ってインドを2 か月間、2回旅行しました。いわゆるバックパッカーにあこがれて、というのが理由です。身軽な格好で、訪れる街はその時の思いつき次第。そんなスタイルに憧れていましたし、何よりインドに行けば人生観が変わるみたいな話を聞いていたので、期待に胸を膨らませながら訪れました。しかし、ひ弱な日本の若者にとって、彼の地は予想以上に厳しいものでした。人生観とか考える余裕なんてなく、ただ日々を頑張って過ごすような旅になりました。勝ち負けでいうと完全に負けた旅でした。しかも2回も。

 帰国後、人生観が変わらなかった自分はひょっとしてどこかおかしいのだろうか? と人知れず真剣に悩んだりもしました。今考えれば大した人生観なんて持っていなかったからだけなのかもしれませんが。ただその後年月が経って、イギリスへ留学したり仕事で海外に行ったり、そこで海外の友人ができたりを経験してきました。インドで人生観は変わりませんでしたが、海外を訪れることのハードルは限りなく低くなったのかもしれません。あの時は負けた旅だったけれど、今の自分にとっては失敗ではなかったのかもしれません。

 人生は旅である。という有名な言葉があります。人生なんて大それたことは考えなくてもいいと思いますが、旅はオススメです。どこか遠い国でもとなり街であっても、新しい何かに触れるのが旅の醍醐味だと思います。その時は触れたことに気づかないかもしれません。でも、いつの間にかできたキズが後からズキズキと痛むように、時間が経てばどこからかひょっこりと目の前に現れることもあります。可能な限りいろいろなモノを見たり触れたりしてください。外の世界に足を踏み入れたり、新しいことを経験したりするのはそれなりのコストとパワーが必要です。面倒でしんどいときもあります。 でも飛び込めばそこから得るものが必ずあります。皆様のご活躍を心よりお祈り申し上げます。

発行日:2023年3月30日

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