甲南人の軌跡Ⅲ/高橋克実/甲南と私の経営 | 卒業生の活躍紹介サイト | 甲南大学

甲南と私の経営

高橋 克実

Takahashi Katsumi

株式会社イボキン 代表取締役

1992年経済学部卒

趣味・特技

ジム、読書、 寺社仏閣巡り

好きな⾔葉

心頭滅却すれば 火もまた涼し

学⽣時代のクラブ・サークル

体育会アメリカンフットボール部

姫路と 神戸

 甲南大学への入学を機に、子どものころから住み慣れた兵庫県の西播地域を離れ岡本で一人暮らしを始めました。それまで自分にとって一番の大きな街は姫路でしたが、同じ兵庫県ながら神戸は街の雰囲気も全然違い異国のような気がしたものです。とりわけ海沿いの、工場の多い街で育った自分にとって、東灘区や芦屋の閑静な住宅街は異次元のような気がして、不思議な感覚が入学後しばらく続いたことを記憶しています。
 慣れない日々を過ごしていましたが、大学に進学させてもらう条件が「空手やラグビーなどの激しい運動部に入ること」だったので、どうせやるなら強い部で自分を試してみたいという思いから、1部リーグに所属していた体育会アメリカンフットボール部に入部しました。甲南アメフト部の戦績は私が在籍していた4年間とも1部・2部リーグ入れ替え戦に出場するほどでしたので決して強豪校ではありませんでしたが、それでも仲間たちと本当に素晴らしい経験をさせてもらいました。
 入部当初は「先輩との付き合い方」に大変苦労しました。というのも、子どものころから空手の道場に通っており、学校の部活動の経験がほぼなかったためです。練習も厳しく、部員同士がぶつかることも多かったですが、同じ釜の飯を食ったたくさんの同期、先輩後輩と四六時中行動を共にし、試合に勝利しては抱き合って喜び、負けてはみんなで地面に伏せて泣いたりといろんな思いを仲間と共有できたことは私の人生の大きな財産となりました。また、体育会に所属しているという縁でアメフト以外の体育会の友人も大勢できたことも、今となっては得がたい宝物となっています。甲南大学では下宿生が少ないということもあり、自宅通学の友達の家に遊びに行くことがよくありました。当時甲南は良家の子女の通う学校というイメージがありましたが、裕福な家庭の子どもが多く、家に行くたびにその恵まれた環境に驚きました。家庭も円満で優しいご両親がいる家庭を見て、豊かさというのはこういう家庭環境から生まれるのだなと感心しました。豊かで大らかな家庭環境や教育環境から、子どもの豊かな人間性が育まれることがわかりました。
 こうした環境に触れるにつれ、私も必ず豊かになって円満な家庭を持ちたいと強く思うようになりました。自分の子どもは絶対にこういう環境で育てたいなと思いました。大学時代に友人を通じて知った豊かな世界への憧れがその後の自分の原動力となったのです。

自分の世界を変えていく

 大学卒業後、甲南のOB が経営する企業に入社、しばらくして結婚し、子どもにも恵まれました。そして子どもが2歳になったころに絶縁状態となっていた父と再会しました。

 子どものころからとても恐い父でしたが、私も体が大きくなってからは反抗ばかりするようになり、確執が生じてからは何年も会っていない状態が続いていました。しかし体調を崩しているという話を聞き、姉が取り持ってくれて再会に至りました。妻と子どもを紹介すると、父は大変喜んでくれました。

 子どもを授かり親になるという経験を通して、はじめて親というものがいかに未熟であるかということを自分自身の未熟さをもって知りました。自分はそんな親を憎んで反抗してきたのかと思うと本当に申し訳なく感じ、父を少しでも助けてあげたいと考え、姫路に戻り家業を手伝うことにしました。29歳の時でした。

 父は社員15名ほどのスクラップや廃棄物処理の会社を経営していました。恐くてややこしいイメージの父でしたが、仕事はとてもまじめで人情深く、社員やお客様からもとても慕われていました。しかし当時は、業界のイメージは荒っぽくトラブルも多く、本当に大変な思いをしてきたと思います。

 入社後しばらくしたとき、社員から子どもが会社の前を通った時に会社が汚くて恥ずかしかったと言われました。またトラックの運転手から客先に回収に行った時に鉄クズを手で拾っていたら自分が情けなくて涙が出てきたと言われました。こんな状況下で社員のみんなが頑張ってくれていたこと、そのお金で自分は大学にまで行かせてもらったのかと思うとありがたくて涙が出てきました。

 それを機に、社員が家族に誇ることのできる、社員の家族が社会に誇ることのできる会社に絶対にしようと誓いました。

 そこからはISO14001 の取得を皮切りに会社の5S(整理、整頓、清掃、清潔、習慣)とともに事業拡大を図りいろんなことにチャレンジしてきました。私が35歳の時に父が若くして勇退してくれてからは経営に携わるようになります。解体工事部門、運輸部門、尼崎工場、大阪営業所の開設など会社が成長していく中で大手証券会社のトップの方が何度か弊社を訪ねてくださいました。いずれの方も皆甲南大学の先輩方で、「高橋さん、あなたの業界はこれからますます重要な業界になるからいずれ上場して素晴らしい会社にしていってほしい。同じ甲南出身だし頑張ってほしい」と言ってくださいました。まさか自分にそんなことができるとは思いませんでしたが、そんなエールに後押しされ、上場に向けての勉強をするようになりました。しかし当時まだ解決しなければならない問題も多く、到底上場は無理だなと感じましたが、いつか必ずそれらを解決して叶えたい、そうすればきっと社員が家族や社会に誇れる会社になるはずだと思いました。

 2014年から上場に向けた猛烈なチャレンジが始まりました。業界初の上場を目指していたこともあって準備は難航し、何度もくじけそうになりました。そのたび社員たちの顔が浮かびました。父やこの業界で苦労してきた人たちに喜んでほしい、その一心で頑張った結果、2018年8月2日東京証券取引所のJASDAQ スタンダード市場へ上場することができました。

 ちょうどそのころからSDGs やESG という言葉が社会に定着していきます。

 弊社では気候変動や温暖化などの問題を資源の循環を通じて解決していくために、自らを「都市鉱山開発企業」と標榜し環境破壊を伴う天然資源の採掘を減らし、地球環境にこれ以上の負荷をかけないという使命を強く打ち出しました。

 未来の社会では、サーキュラー・エコノミーが当たり前のこととなっていることでしょう。弊社はその草分けとなり、未来の豊かさを支えていきたいと考えています。

学生の皆さんへ

 この世の中には多くの仕事があり多くの会社があります。中には人のあまりやりたがらない仕事についている人やそれらをなりわいとしている小さな会社もあると思います。当然そういう家庭で育った子どもたちもいるでしょう。しかしその仕事に何らかの社会的な意義を見出しそこに自分のすべてをつぎ込めるのならそこには命が宿り、輝き大きなエネルギーを持つようになります。多くの試練、困難があったとしてもそこに立ち向かうことがまさに自らの使命となり恐怖を取り除き勇気を与えてくれます。またそういう中で育った子どもたちが勉強し知識を得てテクノロジーを導入しその業界をまったく新しい産業へと進化発展させていくことも可能だと思います。

 私の敬愛する稲盛和夫氏の言葉です。「すべては思った通り、言葉に発した通りの人生となる。」

 また松下幸之助氏はこうも言っています。「ハシゴがあったから上へ登れたのではなくどうしても上に登りたいという強い思いがハシゴを作り出した。」

 これらの言葉の通りすべては思いから始まると思います。豊かで大らかな思いが自分の人生と人生を取り巻くすべての豊かな物質的なモノを作り出していくのだと思います。

 大学時代は学業、スポーツや遊びを通じ、甲南という日本で最も豊かな環境の中で青春を楽しみ仲間との友情を育みそして甲南を取り巻く豊かな波動を自分自身に目一杯取り込んでいただきたいと思います。それはきっと皆さんの一生涯の財産となるでしょう。私もまだまだ道半ば。あの時感じた豊かさや大らかさへの憧れがこれから何を生み出していくのかとても楽しみです。

 親愛なる甲南生の幸福と成功を心より祈願いたします。

発行日:2023年3月30日

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