取材⽇ 2021年3月30日
真因を突き詰め、真意を捉えきる
市川 典男
Ichikawa Norio
象印マホービン株式会社
代表取締役
社長執行役員
1981年 経済学部卒
趣味・特技
観劇
好きな⾔葉
真因と真意
学⽣時代のクラブ・サークル
硬式テニス部
テニスはいいから、マネージャーをしてほしい
振り返ってみれば、甲南中学でテニス部に入ったのが、今に続く私の人生の原点だったようです。甲南テニス部は全国トップレベルの強豪校ですから、残念ながら選手としての私の出番はありませんでした。だからでしょうか、高校1年のときからマネージャーを任され、テニス部との縁は続きました。高校時代には2度、インターハイの団体戦決勝で強豪の柳川商業に敗れて悔しい思いをしました。
そして甲南大学に進学して心機一転、これから何をやろうかとあれこれ考えていたとき、高校時代のテニス部の先輩から声をかけられました。
「お前、一体いつから練習に来るつもりなんだ?」
「いや、今さらテニス部に入るつもりはないのですが……」
「何言ってるんだ。テニスはやらなくていいから、マネージャーをやってもらわなければ、みんな困るんだ。他に誰もいなくて市川を待ってたんだから」
「……」
そう言われて考え直したのです。今から別のスポーツを始めても強くはなれないだろうし、かといって文化部に入る気にもなれません。テニス部なら日本一を目指せるだけのメンバーがそろっているから、マネージャーとして彼らと日本一を目指せば、高校時代の雪辱を果たせるではないかと。それなら学生時代を有意義に過ごせるし、将来は経営者になることを視野に入れていたので、クラブのマネジメントは良い経験になるとも考えたのです。
大学ではマネージャーは“主務”と呼ばれ、クラブのNo.2の位置づけです。1年生が主務とはけしからんと他のクラブからクレームが来ましたが、私の仕事ぶりを見ているうちにみんな納得してくれるようになりました。
キャプテンから「遠征先では安くて個室でシャワーのあるホテルを探せ」などとリクエストされて苦労したのもよい思い出です。携帯電話もインターネットもない時代ですから、公衆電話や学校の事務室で電話を借りてかけまくりました。苦労のかいあって大学3年生のときに、強豪の早稲田に勝って日本一になりました。早稲田の主力メンバーは高校時代に敗れた宿敵・柳川商業出身者、おそらく1人ひとりの実力では我々に勝っていたと思います。けれどもチームで戦う際には、適材適所を徹底すれば総合力で上回ることができるのです。この学びは後につながる大きな収穫となりました。
これで気持ちを切り替えて、3年の残りで単位を取りきりました。この間に学部横断の選択科目として学んだ情報処理やプログラミングなどの先端的な授業が、社会人となって大いに役立ちました。
問題を見つけたら真因を深掘りする
象印に入社して最初に配属されたのが、社内情報システムの構築チームでした。当時は情報システムといえば、外部にアウトソーシングする企業がほとんど。けれども、いずれ自前のシステムが必要になる時代が来るのだから、早く手を付けたほうが良い、というのが父の考えでした。
社内情報システムを立ち上げるためには、まず社内の全業務に精通しなければなりません。つまり仕事を通じて、否応なく会社の仕組みすべてを学ぶことになります。いわゆる帝王学では経理から始めて営業そして人事と学んでいきますが、そんな時間をかけずに一気に自社について深い理解を得ました。
システムを的確に組むためには、1つひとつの業務がどのように他の業務とつながっているのかを把握する必要があります。何か問題を見つけたときには、表面だけで処理するのではなく真因を深掘りして解消する。そんなものの見方を身につけ、人と接するときにも応用するようになりました。誰かが何か意見を発した際には、単にその言葉だけを聞き入れるのではなく、相手がそのように発言した背景までを突っ込んで理解する。相手の真意をつかまないと、話はかみ合わないのです。
私が42歳のとき、社長を務めていた叔父が会長に退き、社長に就任しました。とはいえ社長として会社をどうしていけばよいのか。こんな問いにすぐに答えが出るはずもありません。半年ほど悩んでいると会長から「お前は一体、何をもたもたしているのだ」と発破をかけられ、ともかく適材適所で働きやすい会社にしようと決めたのです。さらに弱点を補正するのではなく、独自の強みを際立たせる戦略も構築しました。
いずれも大学時代の学びを活かした考え方です。まず競争相手のいないところでNo.1を目指す。自分に置き換えれば、マネージャーとして大学No.1を目指していた人なんて、私以外にいなかったはずです。だから唯一無二の存在となれたのです。たとえ特定の分野であれ、自社がNo.1だと自覚できれば社員は誇りを持って仕事に取り組めます。
我々は電気炊飯器やホットプレートなどの電気製品を扱っていますが、それらをあくまでも家庭用品として捉えています。だから家電メーカーと争うつもりなどまったくなく、先進性や技術力をアピールしようとは考えません。そうではなく家庭用品に求められる、信頼性や温かさ、優しさなどを全面的に訴求していきました。
その方向性の中から生まれたヒット商品の一例が『みまもりほっとライン』です。一人暮らしのお年寄りを、電気ポットがそっと見守る。先進的な技術を導入していながら、あえてそうした技術は見えないように隠しました。目新しい道具で監視されるのではなく、普段と同じようにポットを使うだけで、誰かに見守られている優しさを感じていただきたかったからです。我々の気持ちが伝わったからでしょうか、20年前に当時の最先端のIT技術を導入したサービスは、今も引き続き愛用いただいています。
2つの目標を使い分ける
最近の学生さんを見ていると、何ごとにも目標を持たなければとの意識がとても強いようです。おそらくは高校時代に先生方から、目標を持つようにと指導されるのでしょう。
もちろん、目標は大切です。ただし、目標には2種類あることを、心に留めておいてください。1つは、期限付きの明確な目標です。私の場合は、学生時代に甲南の庭球部で日本一になるという目標がありました。期限とゴールを明確にしておかないと、達成できたのかどうかがはっきりせず、達成できなかったときの原因解明もできません。
もう1つ持つべきは、自分の人生における大きな目標です。30年先、40年先ぐらいに、自分はどのような人物になっていたいのか。また、どんな人生を歩みたいのか。これは期限付きの目標とは逆に、あえて明確に定めないほうがいい。ぼんやりで良いので、大まかに進むべき方向性だけを定めておくのです。いわば人生の羅針盤のようなもので、いつもこれを見返しながら進んでいけば、方向性が大きくずれることはありません。
私自身に置き換えれば、社会人になってからは、いずれ経営者となり、事業を通じて社会に貢献する、といった方向性に従ってずっと歩み続けてきました。
大学時代のクラブ活動や授業が社会人になってから大いに役立ったのも、大まかな方向性だけはいつも意識していたからでしょう。皆さんにも、もちろんしっかりとした学びを勧めます。とはいえ、闇雲に単位をそろえるためだけに学ぶのではなく、将来自分はどんな方向に進むのかと考えて、漠然とした目標でいいので持っておくことを勧めます。
ボヤッとした目標を持て、などといわれたことはあまりないかもしれませんが、私の経験を踏まえるなら、かなり重要な人生訓になると思います。