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2024/12/01
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【スポ健リレーコラム】[第41回]
市民と歴史が紡ぐランニングの軌跡──神戸マラソンとその背景

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 2024年11月17日、第12回神戸マラソンが開催されました。出走者数は21,095人(うちマラソン20,763人、リレーラン166組 332人)。歴史ある神戸の街を駆け抜けたランナーたちの姿は、地域の文化とランニングへの熱意を体現しています。

 

日本におけるマラソンのはじまり

 1909年、日本最初の「マラソン大競争」が神戸で行われました。湊島埋立地から新淀川西成大橋までの31.7kmを舞台にしたこの大会は、大阪毎日新聞社の主催で開催され、日本で初めて「マラソン」という名称を用いたと言われています。

 

六甲山とマラソン

 神戸の象徴の一つである六甲山は、明治以降、神戸外国人居留地に住む外国人達を中心に開拓され、ゴルフやハイキング、長距離ロードレースなどのスポーツ文化が根付いていました。こうした歴史的背景を持つ兵庫県において、1965年、六甲山を活用したマラソン大会「六甲山マラソン」が、修法ケ原から記念碑台下までの30km、一般10 km、高校10kmの3種目で開催されました。第2回大会では、高地マラソンの影響を調べるために、完走した選手の心電図、血圧、脈拍、尿などを調査されました。これは、1968年のメキシコオリンピックに役立てるためでした。第3回大会は、県政百年記念行事として行われ、第6回大会では、参加者全員に傷害保険を付与されるなど、スポーツと安全管理の新しい試みも行われました。こうして流れを振り返ると、マラソンに求められたいくつかの側面をうかがうことができます。この大会は、1979年の第15回大会で終了しましたが、神戸のマラソン文化を豊かにした遺産です。

 

 

(左)六甲山マラソン(ニューひょうご、昭和46年10月号、p.21)

(右)日本マラソン発祥の地碑 神戸(筆者撮影)

 

都市型マラソンとしての 「神戸マラソン」

 2007年に始まった東京マラソンを皮切りに、日本各地で都市型市民マラソンが次々と誕生しました。その流れを受け、2011年に神戸マラソンがスタート。「神戸マラソン」の開始は、スポーツへの関心の変化に対応した、新たな都市型市民スポーツ大会の誕生期における出来事の一つでした。

 ただし、「神戸マラソン」には、スポーツの振興だけでなく、震災被災地での開催という、他の都市とは異なる特別な意義が付加されました。兵庫県は、震災復興を祈念し2001年から開催していた「神戸全日本女子ハーフマラソン大会」を発展的に解消し、兵庫県と神戸市による都市型マラソン大会「神戸マラソン」へと繋がれました。兵庫県知事と神戸市長による記者会見では、阪神大震災での支援に対する感謝の気持ちや、災害への備えの重要性などを発信する大会とすること、大会ボランティアを災害時の被災地支援ボランティアとして養成することなどの方針が説明され、被災地でマラソン大会を開催する意義が強調されました。

 

新たな時代への展開

 今年で現行のコースは最後となり、来年からフィニッシュ地点を神戸中心部のウォーターフロントに変更するなど、大会は新しいステージへと移ります。時代の要請に応じて変化していく、そうした積み重ねが歴史として未来を創っていくのだと思います。

 

引用・参考

参考文献:兵庫県150周年記念 兵庫県史〜この50年の歩み〜 第1巻(生涯スポーツ執筆:鵤木千加子)

https://www.city.kobe.lg.jp/a09222/kosodate/lifelong/toshokan/furusato/kobe_shiru/marathon.html

https://kobe-marathon.net/2024/news/race/2143.html

 

スポーツ・健康科学教育研究センター/全学共通教育センター 鵤木 千加子

 

 

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