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2025/11/01
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【スポ健リレーコラム】[第52回]
心が動く瞬間が、人を育てる ― パースの空の下で ―

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西オーストラリア大学で行われた「エリアスタディーズ」。

甲南大学の学生たちが異国の地で体験したのは、教科書を超えた”生きた学び”

その日々を通して見えてきたのは、体と心、そして社会の健康をつなぐ「学びの力」。

パースの空と海に包まれながら、教育の原点をあらためて見つめ直した。

 

 

 インド洋に沈む夕日は、時を忘れたようにゆっくりと色を変えていった。

燃えるような朱から、淡い橙、そして静かな群青へ。空と海が一つに溶け合うその光の帯を、学生たちは無言で見つめていた。言葉を交わさずとも、何かが心の奥で確かに動いていた。

 

 九月、甲南大学の学生たちとともに、西オーストラリア大学で本学の短期留学講座「エリアスタディーズ」を行った。目的は語学でも観光でもない。異文化の中で生きることそのものを、五感で学ぶことだった。

 

 初日、緊張の面持ちで迎えたオリエンテーション。英語での自己紹介に戸惑い、街のカフェで注文を間違え、互いに笑い合う。その小さな失敗のたびに、世界の広さと自分の小ささに気づいていく。

 やがて、授業「Cultural Understanding」では、自分の文化を言葉にする難しさと、それを伝える歓びを知る。「Australian Life & Presentation Skills」では、初めて出会うオーストラリアの仲間を前に、震える声で英語を紡ぐ姿があった。失敗を恐れず、誰かの拍手に励まされながら、少しずつ声が変わっていった。

 

 

 キングスパークの芝生に寝転んだ午後、青い空の下で学生たちは語り合っていた。「答えのないことを考えるのが楽しい」と、ひとりが言った。知識のためではなく、問いのために学ぶ――その瞬間、人は学びの喜びを知るのだろう。

 

 プログラムの終盤、三井物産パース支店を訪問した。世界の第一線をリードする脇若邦夫CEOから「学び続けることこそが最大の力」「多文化の中で相手を尊重し理解し合うことが大切なこと」とのメッセージを頂いた。学生たちはその言葉を黙って受け止め、帰りの道中では未来の自分を語り合っていた。彼らの眼差しには、もう旅立ちの光が宿っていたようだった。

 

 そして、ロットネスト島。まぶしいほどの白砂の向こうに、インド洋の青が果てしなく広がる。保護されながらも人の手が入りすぎない自然は、ただそこに“ある”ことの尊さを教えてくれる。小さなクオッカが木の影からひょっこり顔を出し、学生たちは歓声をあげた。ありのままの生命の輝きが、彼らの心を照らしていた。

 帰国後、ある学生が言った。「自分のことだけでなく、人や社会、世界と関わることの意味が分かった」。

 その言葉に、教育の本質があると思った。健康とは、体だけのことではない。心が動き、人と結びつき、世界を感じること。そのつながりの中にこそ、人は生きる力を見いだすのだ。

 

 学ぶことは若者の特権ではない。むしろ大人こそ、学び続ける背中を見せなければならない。挑戦し、戸惑い、変わり続ける姿こそが、次の世代への最大の贈り物である。

 

 パースの空を思い出すたびに、あの夕日のように、ゆっくりと沈みながらも確かに世界を照らす光を感じる。心が動く。その瞬間こそが、人を育てる――教育とは、そんな小さな光を絶やさぬことに他ならない。

 

スポーツ・健康科学教育研究センター/全学共通教育センター 曽我部 晋哉

 

 

 

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