
2025年11月、東京都などを中心に、第25回夏季デフリンピック競技大会が開催されました。デフリンピックとは、デフ+オリンピックのこと。デフ(Deaf)とは、英語で「耳が聞こえない」という意味で、デフリンピックは4年に1度開催される「きこえない・きこえにくい人のためのスポーツの国際大会」です。初めて開催されたのは1924年、第1回国際ろう者競技大会がフランスのパリで行われました。今回の大会は、それから一世紀を迎える記念大会で、日本では初めての開催でした。
日本におけるデフスポーツの歩み
日本におけるデフスポーツの歴史を振り返ると、その歩みは昭和初期まで遡ります。1933(昭和8)年、兵庫県で開催された「第1回京阪神聾唖陸上大会(当時の名称)」は、聴覚障害のある人々によるスポーツ大会として、記録に残る最初期の事例の一つです。当時すでに、陸上競技をはじめとする各種目の大会が、それぞれ独立した形で開催されていました。一方で、聴覚障害以外の身体障害のある人々とスポーツとの関わりは、昭和30年代半ば頃までほとんど見られず、障害者スポーツ全体としての広がりは限定的なものでした。
第二次世界大戦後になると、全国聾唖連盟体育部(当時の名称)を中心に、引き続き競技種目ごとの大会が各地で行われました。こうした流れに大きな転機をもたらしたのが、東京で開催された「国際身体障害者スポーツ大会」でした。この大会に聴覚障害のある選手が出場していたことを背景に、1967(昭和42)年、複数の競技種目を同時に実施する「第1回全国聾唖者体育大会」(当時の名称)が開催されることになりました。兵庫県からの参加者は1975(昭和50)年大会が初めてでしたが、この年、出場選手は金メダルを獲得しました。こうした成果は、デフスポーツが地域に根づき、発展してきたことを象徴する出来事といえるでしょう。
※ 大会および組織は当時の名称で記載しています。
障害者スポーツ応援協定が結んだ歩み
― 太田歩選手、バドミントン競技で団体金メダル獲得 ―
甲南大学は2017年に兵庫県と「障害者スポーツ応援協定」を締結し、障害のある競技者への練習拠点の提供や合同練習、イベント協力などを通じて競技活動を支援してきました。これらの取り組みは、選手の競技力向上に寄与するだけでなく、学生にとって障害者スポーツを学ぶ貴重な機会にもなっています。
デフリンピック東京2025大会・バドミントン競技で団体金メダルを獲得した太田歩選手も、その一人です。太田選手は甲南大学バドミントン部との合同練習を継続し、2020年大会では団体銀メダルを獲得しましたが、新型コロナウイルス感染拡大により個人戦は大会途中で帰国を余儀なくされました。その後、東京2025大会の開催決定を機に競技復帰を決断し、再挑戦を果たしました。
こうした取り組みの積み重ねは、競技力の向上にとどまらず、スポーツの現場からインクルーシブな社会を形づくる基盤を育むものでもあります。障害の有無にかかわらず、互いを理解し、共に高め合う関係性は、スポーツを超えて社会全体へと広がっていく可能性を秘めています。

引用・参考
兵庫県150周年記念 兵庫県史〜この50年の歩み〜 第1巻(障害者スポーツ、執筆:鵤木千加子)
https://deaflympics2025-games.jp/main-info/about/#gsc.tab=0
https://ja.wikipedia.org/wiki/2025年東京デフリンピック
(スポーツ・健康科学教育研究センター/全学共通教育センター 鵤木 千加子)