
理工学部の久原篤 教授、岡畑美咲 客員研究員(研究当時)(京都大学医生物学研究所 助教)、太田茜 特任研究准教授(研究当時)(JSTさきがけ研究者、甲南大学研究員)、京都大学大学院生命科学研究科の井木太一郎 特定准教授らの研究チームは、「進化の過程で蓄積された小分子RNA(sRNA)の自然変異が温度適応の多様性を決める神経回路を生み出す」ことを線虫の解析から明らかにしました。
研究チームはシンプルな実験動物である線虫C. エレガンスの温度順化を解析してきました。世界各地で単離された線虫多型株が示す温度順化の違いを決定する原因遺伝子として、smrn-1遺伝子を同定しました。従来、smrn-1は線虫種だけが持つ機能未知のタンパク質の遺伝子と考えられていましたが、研究チームによる解析から、smrn-1の遺伝子配列はヒトにも存在することが明らかになりました。smrn-1は初期胚でsmall RNAを最も多く蓄積し、酸素受容ニューロンの軸索発生を制御していました。この酸素受容ニューロンからの酸素情報が下流のADL温度受容ニューロンの温度応答性に影響を与えることで温度馴化多様性が生み出されることがわかりました。
これまでにsRNAの研究は盛んに行われてきましたが、sRNAをコードする遺伝子がどのように体に影響するかを明らかにした研究は2024年にノーベル生理学・医学賞を受賞したアンブロス博士とラブカン博士の研究以来、ほとんど報告されていません。本研究から、進化の過程で蓄積された自然変異によってsRNAが多様化し、線虫の発生初期にsRNAがニューロンの形に影響を与えることによって、生息地の温度環境に適応した複雑な神経回路を形成することがわかりました。今回見つかったsmrn-1の遺伝子配列は線虫には11箇所ですが、ヒトゲノムには約1800箇所存在するため、ヒトの環境適応における脳・神経系の多様性の理解にもつながる可能性が期待されます。
本研究の成果は、2026年5月19日に、米科学アカデミー紀要「PNAS」の電子版で公開されました。
<研究の背景と経緯>
温度情報は生物が生存していく中で重要な環境因子です。そのため、生物は生育環境から絶え間なく温度情報を受け取り、それに適応することで生存してきました。生物は温度変化を感知して、それに対応する生体メカニズムを持っています。例えば、人間では自律的な体温調節機構が存在し、深部体温と環境温度の変化をそれぞれ感知して情報を統合し、適切な体温調節を行います。体温調節の機能が異常になると熱中症や低体温症、温度差によるヒートショックなどの原因となり、毎年温度が原因で多くの方が亡くなっています。温度応答メカニズムの解明は多方面から望まれている一方で、温度情報を処理するヒトの脳は約1000億個の神経細胞で構成されているため、その神経回路は非常に複雑です。そこで本研究チームは、動物の温度応答メカニズムの解明に向けて、シンプルなモデル実験動物である線虫「C.エレガンス」注1)を用いました。C.エレガンスは959個の細胞を持ち、そのうち302個が神経細胞です。C.エレガンスはシンプルな神経回路を持っていますが、ヒトと相同な遺伝子を多く持っており、神経系のモデル動物として使われています。C.エレガンスの温度への適応機構として、これまでに温度順化現象が確認されています。温度順化現象とは、飼育環境の変化に合わせて低温(2℃)への耐性が変化する現象を指します。具体的には、15℃で飼育した線虫は低温耐性を持ち、2℃に移されても生存可能ですが、25℃で飼育した線虫は低温耐性を持たず、2℃では死滅します(図1)。25℃で飼育した線虫を15℃で5時間飼育すると低温耐性を獲得し、2℃で生存できるようになります(図1)。

図1. 線虫の低温耐性と温度順化
通常研究室で飼育されているイギリス ブリストル産の線虫は25℃で飼育すると2℃に置かれると死滅するが、15℃で飼育すると2℃に置かれても生存できる(低温耐性)。25℃で飼育されたイギリス産株線虫を15℃で5時間飼育すると低温耐性を獲得し、生存できる(温度順化)。
この低温耐性や温度順化現象を指標に、温度応答に関わる分子や神経回路の解析が進められてきました。これまでに、低温耐性や温度順化に関わる温度受容ニューロンとして、頭部に位置するADLニューロン注2)が見つかっています(図2)。ADLの上流にはURX酸素受容ニューロン注3)が存在しており、このURX酸素受容ニューロンからの酸素情報がADL温度受容ニューロンの温度応答性に影響を与えることで温度順化が制御されることを報告しています (Okahata et al., Science Advances, 2019)。

図2. 線虫C. elegansの温度順化を制御する酸素と温度の神経回路
BAG酸素受容ニューロンによって受け取られた酸素情報はADL温度受容ニューロンの温度応答性に影響を与え、温度順化が変化する。
本研究チームは温度順化を制御する新規遺伝子を同定するために、世界各地の線虫C. elegans多型株を使いました。線虫C. elegansは世界各地で野生株が単離されており、産地によって表現型が異なることが知られています。例えば、オーストラリア株は新しい温度に慣れるのが早く、ハワイ株は新しい温度に慣れるのに時間がかかることを報告しています(図3) (Okahata, et al., JCPB, 2016)。一方で、この温度順化多様性を生み出す原因遺伝子は同定されていませんでした。

図3. 線虫C. elegansの温度順化多様性
25度で飼育した線虫を15度に5時間置いて2度の低温刺激を与えると、オーストラリア株は生存できるがハワイ株は死滅する。
<研究の内容>
温度順化を生み出す原因遺伝子多型の同定
オーストラリア株とハワイ株の温度順化の違いを生み出す原因遺伝子多型を同定するために、オーストラリア株とハワイ株を掛け合わせた組換え体注4)を多数単離しました。次世代DNAシーケンサーによる全ゲノム配列の情報と単離した組換え体のSNP解析により、オーストラリア型の温度順化が上昇する原因遺伝子多型はI番染色体の中央付近にマッピング注5)されました。マッピング領域に存在していた遺伝子のノックアウト変異体のうち、smrn-1変異体において温度順化が低下する異常がみられました。

図4. smrn-1遺伝子全長のDNA配列
ロングリードDNAシーケンサーを用いて、smrn-1が持つ繰り返しDNA配列を解読し、正確なsmrn-1遺伝子の配列を決定した。線虫のデータベースには公表されていなかった269bpのDNA配列が見つかった。
線虫の遺伝子データベースに公表されているsmrn-1遺伝子のDNA配列は線虫以外の動物には類似したDNA配列が存在せず、線虫特異的な遺伝子と考えられていました。しかし、smrn-1遺伝子のDNA配列を詳しく解析した結果、繰り返し配列をもち、公表されていたsmrn-1の配列は正確ではないことがわかりました。そこで、繰り返し配列を正確に決定できるロングリードシーケンサー注6)によって、smrn-1遺伝子全長のDNA配列を決定しました。その結果、これまでにはなかった269bp(塩基対)が見つかりました(図4)。さらに驚くべきことに、このsmrn-1遺伝子のDNA配列はヒトにも存在することが分かり、smrn-1と相同な配列がヒトゲノムには1791カ所、マウスゲノムに3380カ所みつかりました(図5)。これらのことから、smrn-1は進化の過程で重複してきた重要な遺伝子であることが示唆されました。

図5. C. エレガンスのsmrn-1遺伝子配列の種間保存性
C.エレガンスのsmrn-1遺伝子配列に存在する繰り返し配列はヒトゲノムとマウスゲノムに高く保存されている。ヒトゲノムとマウスゲノムに存在する相同なDNA配列とsmrn-1遺伝子配列を比較したところ、それぞれ72.3%、77.7%の配列がC. エレガンスのsmrn-1遺伝子配列と同一であった。
次にsmrn-1遺伝子の機能解析を行いました。smrn-1はタンパク質をコードすると予測されていましたが、予想外にも線虫個体からsmrn-1遺伝子由来のタンパク質は検出されませんでした。そこで、研究チームはsmrn-1がノンコーディングRNA注7)として機能する可能性を考え、世界中で公表されている約2万個のRNAシーケンス解析を用いて、smrn-1の配列を探しました。その結果、エピジェネティック制御タンパク質注8)(アルゴノートタンパク質注9))に結合するsRNAの配列とsmrn-1のDNA配列が一致しました。smrn-1は成虫期にはほとんど発現していませんでしたが、初期胚において全遺伝子約4万個中40番目に多くsRNAを蓄積する遺伝子であることがわかりました。一般的に、sRNAはエピジェネティック制御タンパク質であるアルゴノートタンパク質と結合することで機能することが知られています。そこで、smrn-1 sRNAと結合するアルゴノートタンパク質を調べました。C. エレガンスが持つ19種類のアルゴノートタンパク質のうち、smrn-1 sRNA は核で遺伝子のサイレンシング注10)に関わるHRDE-1アルゴノートタンパク質と結合することがわかりました。

図6. 温度順化多様性を生み出す分子モデル
smrn-1遺伝子は初期胚においてsRNAを多く蓄積し、アルゴノートタンパク質と結合する。smrn-1 sRNA-アルゴノートタンパク質複合体は軸索形成に関わる遺伝子(crml-1)の発現量を上昇させることにより、酸素受容ニューロンの軸索発生を制御する。酸素受容ニューロンからの酸素情報が温度受容ニューロンの感度を変化させ、産地による温度順化多様性を生み出す。
smrn-1はBAG酸素受容ニューロン注11)で発現しており、軸索の発生に関わる遺伝子の発現量を上昇させていました。そこで、smrn-1変異体とhrde-1変異体のBAGの軸索を観察したところ、軸索の発生異常がみられました。このことから、smrn-1 sRNA-HRDE-1は発生初期にBAGの軸索形成に関わることがわかりました。BAGは低酸素濃度に、下流に存在するURXは高酸素濃度に応答する酸素受容ニューロンとして知られており、このURXからの酸素情報がADL温度受容ニューロンの温度応答性に影響を与えることで低温順化が制御されることを報告しています(図2)(Okahata et al., Science Advances, 2019)。そこで、BAGからの酸素情報が、ADLの温度応答性に影響を与えることで温度順化が制御されている可能性を考え、BAGで働くグアニル酸シクラーゼ型酸素受容体GCY-33の変異体を用いて温度応答を調べました。野生株と比較して、gcy-33変異体はADLの温度応答性が低下し、温度順化が上昇する異常を示しました。このことから、BAGからの酸素情報がADLの温度応答性を制御することで温度順化に影響を与えることが示唆されました。そこで、酸素と温度の神経回路が低温順化多様性を生み出すのではないかと考えました。20%酸素濃度下で飼育した、オーストラリア株はハワイ株に比べ、顕著に高い生存率を示しましたが、5%酸素濃度下で飼育するとオーストラリア株とハワイ株は同様の低温順化を示しました。以上の結果から、低温順化多様性は高酸素濃度下で生み出されることが示唆されました。
<今後の展開>
本研究から、進化の過程で多様化したsRNAが、過酷な環境で生き延びるための環境適応神経回路を形成する神経発生モデルを提唱することができました。smrn-1と相同な配列は線虫では11個存在しており、これらの遺伝子群のsRNAが発生初期に生息地の環境に適応するための神経系の形成に関わっている可能性が考えられます。さらに、ヒトやマウスではsmrn-1と相同な配列が数千個存在していることから、進化の過程で長い年月をかけてsmrn-1遺伝子が重複して増加することによって、ヒトのような複雑な脳・神経系が形成されたのかもしれません。今後、smrn-1と相同遺伝子群の機能や高等動物に保存されているsmrn-1配列の解析を進めることにより、環境適応の多様性に関わるヒトの脳・神経系の発生原理が明らかになることを期待しています。

図7. 環境ストレス応答に関わるエピジェネティックな神経発生制御機構
<用語解説>
注1)C.エレガンス
正式名称はカエノラブディティス・エレガンス。非寄生性の線虫で、土壌中に生息している。古くから分子遺伝学的解析に使用されており、1998年には多細胞生物で初めて全ゲノムDNAの解読が終了した。ヒトの遺伝子数と同等に約2万個の遺伝子を持ち、類似の遺伝子も多い。
注2)ADL(温度受容ニューロン)
C. エレガンスの頭部に左右一対だけ存在し、環境の感覚情報を受け取る感覚ニューロンである。線虫にとって嫌な匂いやフェロモンを感じることができる。最近の研究で、温度も感じることが分かった。
注3)URX(酸素受容ニューロン)
C. エレガンスの頭部に左右一対だけ存在し、環境の感覚情報を受け取る感覚ニューロンである。 高い酸素濃度下において、酸素を受容し、C. エレガンスが好む酸素濃度に集まる行動に関わっている。
注4)組換え体
異なる由来のDNA配列が遺伝的組換えによって同一個体内に組み合わさって生じたDNA分子、細胞、または個体。
注5)マッピング
遺伝子やDNA配列、変異の染色体上の位置や相対的配置を決定すること。
注6)ロングリードシーケンサー
数kb〜数十kb以上の長いDNA配列(ロングリード)を一分子レベルで読み取ることができる次世代シーケンサー。構造変異、リピート配列、完全長転写産物の解析に有用である。
注7)ノンコーディングRNA
RNA分子そのものが機能を持つRNAの総称。
miRNA、siRNA、piRNA、lncRNAなどが含まれ、遺伝子発現制御、染色体構造制御、RNA干渉などに関与する。
注8)エピジェネティック制御タンパク質
DNA配列を変化させることなく、クロマチン状態や遺伝子発現を制御するタンパク質。ヒストン修飾酵素、DNAメチル化関連因子、クロマチンリモデリング因子などを含む。
注9)アルゴノートタンパク質
small RNA(siRNA、miRNA、piRNAなど)と結合し、標的RNAの分解や翻訳抑制、転写制御を担う中心的因子。
注10)遺伝子のサイレンシング
特定の遺伝子の発現が転写または転写後の段階で抑制される現象。RNA干渉やエピジェネティック制御(ヒストン修飾、DNAメチル化など)によって引き起こされる。
注11)BAG(酸素受容ニューロン)
C. エレガンスの頭部に左右一対だけ存在し、環境の感覚情報を受け取る感覚ニューロンである。 低い酸素濃度下において、酸素を受容し、 C. エレガンスが好む酸素濃度に集まる行動に関わっている。
<掲載論文名>
“Natural variations in small RNA origin loci generate circuit diversity underlying temperature acclimation in Caenorhabditis elegans”
(小分子RNAの多様性が線虫Caenorhabditis elegansの温度順化に関わる神経回路の多様性を造り上げる)
米科学アカデミー紀要「Proceeding of the National Academy of Sciences of the United States of Ameria」(略称PNAS誌)
<研究支援>
繰り返し配列を含むsmrn-1遺伝子全長のDNA合成は株式会社シンプロジェンの支援によって行われました。本研究は中外製薬創薬科学財団、内藤記念科学振興財団、武田科学振興財団、甲南学園平尾太郎学術研究基金、AMED PRIME(JP26gm6910014, JP24gm6510004)、ホーユー科学奨励財団、上原記念生命科学財団、旭硝子財団、JSPS科研費[JP22H04925(PAGS)、24H01255、24H02022、24K02070、25K22496、24K09538、23KJ2236、22K06081、26H01026]、JST PRESTO(25136813)、長瀬科学技術振興財団、住友財団、東レ科学振興会の研究費によって行われました。