甲南大学1号館前の「常ニ備ヘヨ」の碑

学園は過去2つの大きな災害に見舞われた。1938年7月5日の阪神大水害と1995年1月17日の阪神淡路大震災である。本碑は震災2年後、天の災いを試練と受け止め、輝く未来を開くようにと建立された。同じものが甲南中高の敷地にもある。「常ニ備ヘヨ」は阪神大水害に見舞われた甲南小学校の校舎再建・水害復興記念に、学園の創設者平生釟三郎が贈った石碑の言葉である。建立されてから70年あまり、今も小学校校庭で子供たちを見守り続けている。3つの場所をつなぐ「常ニ備ヘヨ」は未来に引き継がれる危機管理の近代精神、平生精神なのである。(文・写真:出口晶子)

 

常ニ備ヘヨ 石碑

歴文新歓遠足@みんぱく&ばんぱく

2015年4月12日(日)に歴史文化学科の教員、2回生のサポーター、1回生で、基礎演習の一環として新歓遠足に行きました。国立民族学博物館(吹田市)では、基礎演習の班毎にグループワークを行い、興味のわいた展示物を班で紹介しました。入学して一週間程の1回生同士ということもあって、最初はぎこちない空気が流れていましたが、昼食の後からは笑い声も聞こえ、各班、個性溢れた発表となりました。その後で万博公園で2回生企画のミニ運動会を行い、1回生との交流を深めました。この遠足が1回生の歴文での思い出の一つになってくれたら成功だと思います。(2回生・村上元汰)

集合@みんぱく

写真:参加の1・2回生@国立民族学博物館前

2014年度卒業論文 林孝洋 (佐藤(公)ゼミ):アメリカにおけるリソルジメント支援団体の歴史的役割 -ガリバルディへの金銭・物資の提供を中心に-

私は卒業論文でイタリア統一期のガリバルディの南イタリア遠征について研究しました。今回はイタリアの統一を内部からの視点ではなく、外国との関係性の中から分析しました。主にアメリカの市民団体を研究対象とし、アメリカの市民団体が国境を越えて、イタリアの国家統一運動に参加する意味を研究しました。19・20世紀は「ナショナリズムと国家の世紀」であり、様々な「国家」が誕生しました。しかし、その誕生は自国のみで行われたことではなく、国際的な関係性の中で行われたことを再確認しました。

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写真:ガリバルディ

(引用元:「MUSEO NAZIONALE DELLA CAMPAGNA GARIBALDINA DELL’AGRO ROMANO PER LA LIBERAZIONE DI ROMA」HPより)

2014年度卒業論文 谷原和真(出口ゼミ): 大師講と但馬高野山団参 ―但馬地域の真言宗寺院と弘法大師信仰― 

私の実家は但馬地域の真言宗寺院であり、その環境を生かそうとこのテーマを設定した。真言宗信徒に限らず、弘法大師を信仰する人は多く、その形も様々である。そして但馬地域にも独特の弘法大師信仰が存在する。それが但馬高野山団参である。年に一度、但馬地域の真言宗寺院、檀信徒が一団で高野山を参拝する。昭和23年に始まり一度も途切れることなく現在まで続いている。なぜ70年もの間、同団参は続いているのか、それは当地域の真言宗寺院の努力の賜物だった。寺院に生まれ育ち、将来は継ぐ立場として、卒論作成を通して進むべき道がより明確になったと感じる。

写真:霊場参拝出発前 大正7年 当山にて

2014年度卒業論文 齋藤水貴(東谷ゼミ): 弘前藩宝暦改革における政策の目的と展開―基本方式の検討を中心に―

近世中後期には、各藩において財政窮乏化に伴う藩政改革が行われた。陸奥国津軽郡(現在の青森県の西部)に位置する弘前藩も例外ではなく、宝暦3年(1753)から、藩政改革がはじまった。この改革は、従来の研究では、宝暦五年に起こった大凶作を契機に、改革方針が変化したと結論付けられていた。

しかし、大凶作前後の政策内容を史料から検討した結果、大凶作前後での改革方針は変化していないことが明らかとなった。自治体史に掲載されている史料を主に取り上げたが、「弘前藩庁日記―御国編―」という史料に関しては、弘前市立図書館へ足を運び、原物の写真撮影を行った。

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※写真は弘前城内にある「藩庁日記」を保管した蔵の跡

2014年度卒業論文 岩田桃子(佐藤(公)ゼミ):アメリカ印象派普及の立役者 メアリー・カサットとその周辺

日本でも圧倒的な人気を誇る印象派の絵画。アメリカにおける印象派普及の立役者として名高い人物にメアリー・カサットという人物が挙げられる。彼女は、画家でもありコレクターでもあり、アドヴァイザーでもあった。彼女の助言をもとにアメリカのコレクターたちは印象派の絵画を収集していった。

彼女の助言の内容とはいかなるものだったのか。彼女自身が残した書簡資料をもとにアメリカにおける印象派普及の実態を探った。

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図:「孫たちに本を読んでやるカサット夫人」

(1880年、ミニー・カサット氏所蔵)

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北海道で江戸時代の藩政文書を調査する

市街地の雪は殆ど解けて、札幌にも春がやってきそうです。2015年3月1日から1年間、国内研究の機会を得ました。前半を北海道大学、後半を島根大学で研究します。江戸時代、アイヌ民族の土地であった蝦夷地は明治国家に接収され、北海道として日本に組み込まれると、開拓のため多くの人々が北海道に入植します。現在の南幌町に入植した板垣さんの史料に出会ったのは2011年でした。板垣さんは江戸時代、藤堂藩の中級の藩士だったため、史料には藤堂藩の藩政文書が含まれていました。藤堂藩は私の研究フィールドの1つですが、藩政史料は殆ど残っていません。貴重な史料が思いがけない形で北海道に残されていたことが、今回の国内研究の直接的な動機です。

実は、江戸時代の藩政史料が北海道に残っているとは、全く想像していなかったのですが、私がフィールドとする藩の史料が他にも残っています。

文部科学省から科学研究費の助成を受けていることもあり、この機会に調査をして今後の研究に活かしたいと思います。(東谷智)

 

写真:南幌町郷土史研究会の方々と「藤堂藩士としての板垣さん」を地元資料館に展示する準備

 

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鳴海ゼミ旅行@金沢

私達は2月下旬、ゼミ旅行で金沢に行きました。金沢は北陸新幹線開業直前で賑わっていました。初日は、和菓子作り体験、ボランティアガイドまいどさんによる茶屋町の見学、兼六園のライトアップ見学などに行きました。国登録有形文化財である町屋のゲストハウスあかつき屋に泊まり、オーナーから地域や町屋のことについてうかがいました。2日目は、朝の兼六園、能楽美術館や21世紀博物館のほか、長町武家屋敷跡やその界隈(写真)を見学しました。
金沢は古き良き歴史や文化が息づく美しい町でした。金沢カレーや治部煮などの地元料理も美味しかったです。是非また訪れたいと思いました。(3回生・西村美音)

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築山桂にきく 本のムコウの世界

私たち日本文学研究会は、2015年1月30日に時代小説家の築山桂氏を甲南大学にお招きしました。事前に読んだ築山桂氏の著書『禁書売り‐緒方洪庵 浪華の事件帳‐』『北前舟始末‐緒方洪庵 浪華の事件帳‐』を片手に、「築山桂にきく 本のムコウの世界」と題した座談会を開催しました。当日は参加者と共に、史実から小説が生み出される過程や、史実とフィクションとの関係、原作とドラマ化された映像との違いなどについてお聞きしました。(4回生・坂本恭介)